死を恐れないという、生き方の強さ
「人間には、一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている」(へ9:27)
人には、どうしても弱く、小さくなってしまう瞬間があります。
検査の結果に「異常」が見つかったとき。 それが重い病であればあるほど、胸の奥に冷たい影が落ちてくるのを感じます。なぜ私たちは、これほどまでに死を恐れるのでしょうか。
誰もが必ず死ぬことを知っているのに、なぜ心はざわつくのでしょうか。
その理由は、死そのものよりも、「その時がいつ来るのか」
という不確かさにあります。 「今では困る」 「もう少しだけ生きたい」 そう願う心が、死の訪れを恐れさせるのです。しかし、死は時を選びません。 場所も選びません。
予約も、前触れもありません。 いつでも、どこでも、静かに私たちの前に現れます。
だからこそ、賢い人は
“いつでも準備して生きる” のです。 慌てず、恐れず、逃げず、真正面から受け止める心を育てていく。 それは、死んでも生きるという約束を信じる者だけが持つことのできる静かな強さです。
キリスト者は、死を越えて生きる人です。
復活の希望を握りしめ、死の向こう側に広がる光を知っている人です。 だから平和でいられる。 だから恐れない。 不安に飲み込まれず、感謝を忘れない。 これこそが、本当に強い人の生き方ではないでしょうか。たとえ明日を迎えられなくても構わない。
今日という一日を、与えられた命を、精一杯に生きる。 主の栄光のために。 家族のために。 教会のために。 そして、出会うすべての人のために。
怒らず、妬まず、憎まず、欲張らず、
すべてに感謝して歩む一日となりますように。
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