午前3時5分
今朝は、少し迷いました。
ノアの散歩から帰ってきて、午前3時5分、ランニングをスタートしました。
10月31日も朝ランをして、昼からはお祝い会。
昨日は礼拝と会議。
そして迎えた今日は、休むつもりでした。
けれども、来週からはサンティアゴ・デ・コンポステーラ祈りの旅に出かけます。旅の間は走れなくなります。
そのことを念頭に、少なくとも11月は300キロを走ろうと決めていました。
だから、今朝も走りました。
気づけば、フルマラソン
走っているうちに、距離が伸びていきました。
結局、42.20キロ。フルマラソンになりました。
休むつもりだった朝が、フルマラソンの朝になる。
自分でも、少し笑ってしまいます。
迷いながら踏み出した一歩でした。
けれども、その一歩がなければ、42キロの道のりはありませんでした。
長い道も、いつも小さな一歩から始まるのです。
走ってよかった、と思うこと
いつものことですが、走ったあとは、「走ってよかった」と思うようになります。
走り出す前は、体の重さや、迷いの方が大きく感じられます。
けれども、走り終えたとき、心に残るのは、迷いではなく感謝です。
人生にも、そういうことが多いのではないでしょうか。
- 気が進まなかった訪問が、思いがけない出会いになったこと。
- 重い腰を上げて始めた仕事が、誰かの助けになったこと。
- 迷いながら参加した集まりで、心が温かくなったこと。
踏み出す前の迷いは、踏み出した後の感謝に、静かに変わっていきます。
前のものに、全身を向けて
パウロは、自分の信仰の歩みを、走ることにたとえてこう語りました。
「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」
(フィリピの信徒への手紙3章13〜14節)
「後ろのもの」とは、疲れや迷い、昨日までの忙しさかもしれません。
「前のもの」とは、今日、目の前に置かれた一歩です。
迷いを抱えたままでもいいのです。
前に向かって、一歩を踏み出すこと。
その一歩を、主は確かに導いてくださいます。
休養日のはずが
本当は、今日は休養日として休むつもりです。
……送り迎えがあるので。
休むつもりの日にも、やるべきことがあります。
予定どおりにいかないことも、たくさんあります。
けれども、それもまた、今日という日に与えられた務めです。
「今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。」
(詩編118編24節)
予定どおりの日も、予定どおりにいかない日も、主が与えてくださった「今日」です。
その今日を、喜びと感謝をもって受け取りたいと思います。
すべてに感謝して生きることが、一番です。
あなたへ
- 今、踏み出すのを迷っていることはありますか。小さな一歩だけでも、踏み出してみませんか。
- 予定どおりにいかなかった今日の中に、感謝できることを一つ探してみませんか。
迷った朝の一歩が、思いがけない長い道へとつながることがあります。
その道の先には、きっと「行ってよかった」という感謝が待っています。
今日も笑顔で、前進です。

