🐸 小さな訪問者が教えてくれたこと
1. 日常のフック
午前1時。 家の静けさを破るように、洗面所から突然の悲鳴が響きました。 まだ深い眠りではなかった妻は、反射的に洗面所へ駆けつけたようです。
そこにいたのは――小さなカエル。 紙でそっと捕まえ、ベランダへ投げたものの、 朝になって紙だけが残り、カエルの姿は消えていました。
ランニングを終えて2階に上がると、 その出来事がまるで「朝のニュース」のように語られ、
家の空気は一気に賑やかになりました。 「カエル可愛いじゃないか?」と言うと、 「何がよ!ナメクジの方がまだまし!」と妻。 どこから入ったのか分からない小さな訪問者をめぐって、
朝から推理が始まりましたが、答えは出ないまま―― そんな一日の始まりでした。
2. 葛藤と気づき
思いがけない出来事は、 私たちの生活の「流れ」を一瞬止めます。 予定していたことの前に、 ふと立ち止まらされる瞬間があります。それは、
「自分の思い通りに進まない時間」でもあり、 「予期せぬ訪問者が心の扉をノックする時間」でもあります。
カエル一匹であれ、 人の心は揺れ、 その揺れの中で、 自分の生活の「ありがたさ」や「守られていること」に気づくことがあります。
妻をパート先に送り、 娘は今夜横浜へ出かける。 三日間はある物で食べ、 月報『EL
CAMINO』8号を集中して作る―― その一つひとつが、
「今日、生きている」という
確かな実感へとつながっていきます。
3. 普遍的な真理への昇華
聖書は、 私たちの生活の中に突然入り込む出来事を通して、 神が語られることがあると教えています。
「あなたの道を主にゆだねよ。主は成し遂げてくださる。」 (詩編37:5)
思いがけない訪問者も、 予定外の揺らぎも、 心の中の小さな騒ぎも、 そのすべての背後に、 主の静かな導きがあります。
カエルがどこから入ったのか分からないように、 神の働きも、 私たちには分からない形でそっと訪れます。 しかし、その訪れはいつも、
「今日を生きる力」へとつながっています。
4. 前進への派遣
食べる物があることに感謝し、 仕事があることに感謝し、 それを楽しみにしてくれる人がいることに感謝しながら、 今日もまた歩き出すことができます。
小さな訪問者が揺らした朝の空気は、 「生きることそのものが恵みである」ことを そっと思い出させてくれました。
人生は、思っているほど複雑ではありません。 私たちを迷わせ、重くしてしまうものの
多くは、 実は外側ではなく、自分の内側にあります。物事をシンプルに受け取ることも、 複雑に抱え込むことも、 どちらも私たち自身の選び方によって形づくられていきます。
どの道を歩むか。 どの重さを手放すか。 どの心で今日を迎えるか。
その選択は、いつも自分の手の中にあります。
今日も、共に前進です。