弱さの中に完成される主の愛 ―― 巡礼者としての自己管理
本日のプログラムのテーマは「自己管理」です。
昨晩、この言葉を思い巡らしながら祈っているうちに、神様が私の小さな経験を通して示してくださった恵みを、今日は皆さんと分かち合いたいと思いました。
限られた時間ではありますが、できれば30分ほどでお話をまとめたいと思います。
1. 導入:理想と現実の「溝」に立つ
皆さんは、「自己管理」をきちんと行えているでしょうか。私たちは本当に、主イエスの弟子として、主の歩みに近づいていると言えるでしょうか。
「Solo Dios Basta(神さえいれば十分です)」と祈りながらも、いざ現実の波が押し寄せると、不安や怒り、あるいは高慢に心を振り回されてしまうことがあります。
聖なる歩みを願う“理想”と、罪深い“現実”。 その埋まらない溝を前に、私たちは時に立ち尽くし、絶望を覚えます。しかし、この“絶望”こそが、実は聖霊の働きが始まる場所なのです。 自分の力ではどうにもならないと気づいた瞬間、神の力が私たちの弱さの中に流れ込みます。今日は、仙台での牧会の歩み、そしてスペインの巡礼路で体験した「弱さの力」について、皆さんと分かち合いたいと思います。
2. 聖霊の「介入」:クールな自分が溶かされる時
2018年、私が仙台長町教会に赴任して間もない頃のことです。 ある土曜日の夕方、外出先から帰ると、妻が「先ほど男性から電話があり、助けてほしいと言っていた」と知らせてくれました。私が不在だったため、妻は「後ほどもう一度お電話ください」と伝えたとのことでした。しばらくして、その男性から再び電話がありました。
「電気もガスも水道も止められ、どうにもならない。お腹もすいている」との訴えでした。 私は「とにかく、こちらに来てください」と伝えました。 30分ほどして、彼が教会に現れました。見た目は30代前半。しかし、5メートルほど離れたところからでも、生活の困窮がにじみ出るような強い匂いがして、このままではお店にも入れないだろうと思いました。そこで少し待ってもらい、私の服に着替えてもらい、風呂の準備をしました。妻の自転車を彼に貸し、私は自分の自転車に乗って、近くの銭湯へ向かいました。
体を洗ったあと、今度は散髪屋へ行き、伸びきった髪を整えてもらいました。
その後、隣の吉野家に入り、二人で牛丼を食べながら、彼の話をゆっくり聞きました。
食事を終えると、彼は自宅に戻ることになり、私は手元にあった千円と、妻の自転車をそのまま渡しました。そして、「明日の礼拝に来てください」と伝えて別れました。翌日、彼は礼拝には来ませんでした。しかし夕方になって電話があり、いろいろと話をしました。彼の母親が千葉に住んでいることを聞いていたので、「お母さんのところに帰りなさい」と勧めました。それが最後の連絡となりました。
また、別のある日のことです。
一人の女性が教会を訪ねてきて、「交通費がなくて家に帰れない」と訴えました。家の場所を聞くと、それほど遠くはなく、歩いて行ける距離でした。ただし、途中には255段の階段を上る山の公園があり、彼女の様子を見ると、とてもその階段を上れる状態ではありませんでした。そこで、私は手元にあった3,000円を渡しました。
実は、この二つの出来事以前、私はこうしたケースに出会ったことがありませんでした。
そして何より、私自身もともと困っている人に積極的に手を差し伸べるタイプではありません。牧会の務めとして必要な場面以外では、他人の問題に深入りしない、どちらかといえばクールな性格でした。ところが、この時の私は違っていました。
心が不思議に落ち着いていて、平安があり、目の前の相手を受け入れようとする思いが自然に湧き上がってきたのです。その時、私ははっきりと感じました。 ――これは、聖霊の働きだ、と。自分の性格や力ではなく、神が弱さの中に働いてくださっている。
その確信が、静かに、しかし強く心に刻まれた出来事でした。
3. 巡礼路の真実:痛みは消えず、しかし力は与えられる(7分)
私はサンティアゴの巡礼路を幾度も歩きました。ある時、目的地まであと200キロという場所で、足首がパンパンに腫れ上がりました。激痛で一歩も動けない。私は必死に祈りました。「主よ、私は観光に来たのではありません。教会の群れのため、街の人々のために祈り歩いているのを、あなたはご存知です。どうか、痛みを去らせてください」と。翌朝。痛みは消えていたでしょうか?
いいえ、足首は腫れたままで、痛みもそのままでした。しかし、不思議なことが起こりました。痛みはあるのに、「歩き通せる力」が与えられたのです。 皆さん、キリストを信じれば苦しみが消えるというのは、聖書が教える福音ではありません。むしろ、キリストと共に生きる決意をした瞬間、私たちは十字架という痛みを背負うことになります。しかし、その痛みの中を歩き通す「超自然的な力」を、主は必ず備えてくださるのです。エジプトの宮殿の安逸よりも、荒野で主の民と苦難を共にしたモーセのように、私たちは「見えない永遠の価値」に目を留める者へと変えられていくのです。
4. 家族の試練:嵐の中に響く「大きな愛」
最後に、私自身の家族のことを分かち合い、今日のお話を締めくくりたいと思います。
昨年11月、私はサンティアゴへの祈りの旅に出ていました。
その旅の途中、妻から一通のメールが届きました。看護学校に通っている一人娘の頭に脳腫瘍が見つかり、「聴神経腫瘍」と診断されたという知らせでした。実は娘は高校生の頃から右耳の聴力が落ち、耳鼻科に通っていましたが改善せず、医師からMRI検査を勧められていました。その検査結果が出たのが、ちょうど私が巡礼の道を歩いている最中だったのです。その時、スペインから妻に送ったメッセージをここで紹介したいと思います。
「こちらは昨夜から強い風が吹き荒れ、瓶が落ちて割れる音がしています。
神様は、この世の嵐や価値観から離れ、ただ神に頼る信仰へと、私たち三人家族を訓練しておられる。 その背景にあるのは、神様の大きな愛です。 だからどんな時でも神を信頼し、この出来事を受け入れましょう。
彼女のことは、神が私たちを愛しておられるがゆえに許された試練であり、恵みです。 今は理解できなくても、きっと大きな計画があるに違いない。最後まで主を信頼して歩み続けましょう。」妻も、娘も、この言葉に励まされたようで、私が帰国してから治療方法や時期について話し合いました。
調べてみると、仙台から車で1時間ほどの古川に「ガンマハウス」という専門の治療センターがあり、昨年12月23日に入院、24日に最新の放射線治療を受けることができました。
腫瘍がこれ以上大きくならないようにするための治療です。
右耳の聴力は失われましたが、生活や学びには支障がなく、医師からも「看護師になることにまったく問題はありません」と言われ、娘は大きな安心と喜びを得ました。
何より感謝しているのは、早い段階で見つかったこと、そして娘の将来の夢である看護師への道が閉ざされなかったことです。
今、娘は3年生として看護実習に励み、アルバイトも頑張っています。先日、関東の病院の就職試験にも合格し、あとは国家試験を乗り越えるだけとなりました。
現在も3か月に一度、経過観察のためにMRI検査を受けています。
これからも予期せぬ出来事が起こり、戸惑うことがあるかもしれません。
しかし、こうした試練を一つひとつ乗り越えるたびに、信仰は強められ、信仰によって歩む力が与えられます。だからこそ、苦難を恐れず、むしろ喜びをもって、真正面から信仰によって受け止めることが大切なのです。
5. 結び:輝く命の冠を信じて
皆さん、自己管理とは、自分の力で完璧な人間になることではありません。それは、弱さの中に働く神様の力を認め、どんな嵐の中でも「主よ、あなたにお任せします」と操縦桿を委ねることです。私たちの人生の旅路、その先には何が待っているでしょうか。暗いトンネルを抜けたその先には、主イエス・キリストが、満面の笑顔で待っておられます。その御手には、私たちがこの世で流した涙を、最高の輝きに変える「命の冠」が握られています。主が私たちの手を離さない限り、私たちは倒れても、打ち捨てられることはありません。
さあ、新しい勇気を持ちましょう。
共に仕え、共に歩み、共に愛しましょう。
私たちの不完全な人生を、主の完全な愛が包み込んでくださいます。
この希望と信仰を胸に、今日ここから、それぞれの「巡礼の道」へと力強く踏み出していきましょう。主イエス・キリストの豊かな恵みが、皆さんの歩みの上に、永遠にありますように。
主イエス・キリストの御名によって、心から祈り、祝福いたします。 アーメン。