中に入れて!!!訴えています!!!僕のリンゴときゅうり、勝手に食べないで!!!
最近、ニュースから流れてくる理不尽な現実に、心がすり減り、深く疲れてしまうことはありませんか?誰もが自分の居場所で、本来の役割を誠実に果たせばいいはずなのに、なぜこの世界には不条理と悲しみが絶えないのだろうか、と。
今朝、足元の悪い雨の中、教会の扉をくぐり、学生たちからお年寄りまでが礼拝に来てくれました。 様々な思いを胸に抱いた一人一人が、慰められ、癒され、生きる力と希望をもって再びそれぞれの生の現場へと帰っていくこと。そのために祈りながら一週間み言葉を準備し、朝のランニング中も、会堂でも、買い物や料理のときも絶え間なく祈り続けるのが、牧師である私の使命です。
本来、誰もが大切な使命を持っています。 学生は学ぶこと。働く人は職場で利益のために一生懸命に働くこと。政治家は国と人々の安寧を守り、どうすれば人々が笑顔でより良く暮らせるかを常に考えて政治を行うこと。公務員は託された仕事に忠実であること。
しかし、社会が今のように不条理に満ち、不幸な出来事が起きているのは、一部の人々が一番大切な使命を忘れ、私欲のために動いているからです。人は永遠には生きられず、偽りも必ず暴かれるのに、目の前のことしか考えない。一瞬の感情をコントロールできない過ちによって、愛する家族がどれほど悲しみ、すべてを失うかを想像できないのです。
暗い話ばかりですが、これが現実という名の深い影です。
しかし今日、その暗がりの中で、足元を照らす光のような出来事がありました。 今朝送られたお中元。そして、ノアのためのたくさんのリンゴときゅうり。
それらの品物を手にしたとき、そこには目に見える形以上の「形をしていない愛」が確かに積もっているのが分かりました。暗い現実のただ中にあっても、感謝にあふれる温かな愛は、間違いなく存在しているのです。
この現実に、聖書の言葉はこんなふうに世界を見ています。
「世と世の欲は滅び去ります。しかし、神の御心を行う人は、永遠に生き続けます。」 (ヨハネの第一の手紙 2章17節)
私欲や不正、自分勝手なふるまいは、いつか必ず終わりを迎えます。しかし、本来の使命に立ち返り、相手を思いやりながら自分の置かれた場所で誠実に生きようとするその歩みは、決して消えることなく残り続けると、この言葉は教えてくれています。
もしあなたが今、自分の誠実さが無駄に思えるような社会の不条理に直面し、行き場のない思いを抱えているなら。どうか、あなたの中にある見えない「愛」を手放さないでください。ノアへ届けられたリンゴやきゅうりに込められた優しい思いが私の心を温めたように、あなたの誠実な日々もまた、巡り巡って必ず誰かの希望へと繋がっていきます。暗い現実の中でも、確かな愛を見つめて生きていくこと。
私もまだ途中です。一緒に考え続けていきましょう。今日も、共に前進です。