デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年5月6日水曜日

辛いけど、共に前進です。

 


枷を脱ぎ捨てて、祈りの手をとる ―― 介護という嵐の中で「自分」を失わないために

重い扉の向こう側にある「本音」

「親が旅立ったとき、悲しみよりも先に、ふっと体が軽くなるのを感じた」そう語る人の言葉を、誰が責めることができるでしょうか。

現代を生きる私たちにとって、介護は避けては通れない、しかしあまりにも重い現実です。仕事を終えて、一息つく間もなく始まるケア。子供の教育費、不安定な経済状況、そして終わりが見えないという不安。「自分の人生は、どこへ行ってしまったのか」 そう問いかけながら、夜中に一人、台所で震えるような思いを抱えている方は少なくありません。


 


「責任」という言葉に縛られて

私たちは「家族なのだから最後まで看取るのが当たり前」という、無言の圧力の中に生きています。社会の仕組みが追いつかず、結局はその負担が個人の肩にずっしりとのしかかってくる。そんな中で「解放されたい」と願うのは、薄情なのではなく、あなたが懸命に、限界まで愛し抜こうとした証拠です。

けれど、自分を追い詰めないでください。親を愛することと、自分の人生を犠牲にすることは、決してイコールではありません。もし、介護によってあなたの心が枯れ果て、笑顔が消えてしまうとしたら、それは親にとっても、天の神様にとっても、本望ではないはずです。


 


一人で抱えない「神の国の共同体」へ

聖書は、重荷を背負う私たちにこう呼びかけています。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイによる福音書 1128節)

この「休ませる」という言葉は、単に仕事を休むことだけを指すのではありません。「一人で背負わなくていい」という宣言です。

解決の道は、まず「完璧な介護者」であることを止めることから始まります。

  • 「助けて」を声にする: 行政のサービス、地域のコミュニティ、そして教会の兄弟姉妹。弱さをさらけ出し、他者の手を借りることは、決して恥ではありません。
  • 自分を「赦す」時間を確保する: たとえ数十分でも、自分のためだけにコーヒーを飲み、空を眺める。その「空白」こそが、愛を継続するための燃料になります。
  • 「本音」を神の前に差し出す: 「もう疲れた」「逃げ出したい」という叫びを、そのまま祈りに変えてください。神様はあなたの醜いと思う部分さえ、丸ごと受け止めてくださいます。

 


希望への書き換え

介護は、一人の人間が背負う「不条理な重荷」ではありません。本来、それは社会全体で、あるいは信仰の家族全体で支え合うべき「命のバトン」です。

介護から解放されたときに感じる安堵感。それを「罪」としてではなく、「大きな務めを最後まで果たし終えた、神様からの労い」として受け取れる日が、必ず来ます。


 


今日、一歩だけ軽くなるために

今、暗闇の中で介護に励んでいる皆様。 あなたは十分、頑張っています。あなたは独りではありません。 今日は、親御さんのケアの合間に、鏡を見て自分に「ありがとう、お疲れ様」と言ってあげてください。そして、明日からのことを一人で悩むのではなく、誰か一人に、あるいは神様に、その重荷を半分預けてみてください。

不条理な現実がすぐに消え去るわけではありませんが、共に祈り、共に支え合う手が繋がるとき、その重荷は「呪い」から「愛の記録」へと変わっていきます。

辛いけど、今日も、共に前進です。

隔たれた部屋、繋がれた視線

 


隔たれた部屋、繋がれた視線 ―― 「個」の時代に編み直す共生の糸

失われた「テーブルを囲む熱狂」

1960年代のアメリカでは、ボードゲームやカードゲームなど、数多くの新しい遊びが生まれ、茶の間を彩っていました。当時のゲームを思い返すと、一つの共通点に気づきます。それは「一人ではできない」ということです。

家族が同じテーブルを囲み、互いの表情を見ながら、時には声を荒らげ、時には笑い転げる。ゲームという道具は、家族を一つに繋ぎ止める「磁石」のような役割を果たしていました。そこには、同じ空気の振動を共有する「生(なま)の空間」がありました。


 


「個」が尊重される裏側で

翻って、現代はどうでしょうか。ゲームの主流は「個人」へと移り変わりました。  もちろん、インターネットを通じて世界中の誰かと対戦することは可能です。しかし、それはあくまで「それぞれの一人の空間」を保ったままの繋がりです。

私たちは今、個人が尊重される自由な時代を手にしました。けれど、その「個の尊重」が、皮肉にも「個の孤立」を招いているのではないでしょうか。画面を隔てた対話はあっても、隣に座る人の体温や、沈黙の重みを感じる機会は、確実に削り取られています。

多様な価値観が認められる一方で、私たちは「自分だけの部屋」から出る理由を失いつつあります。この孤独な自由の中で、どうすれば私たちは再び「共に生きる」手応えを取り戻せるのでしょうか。


 


「間(あいだ)」に宿る神の国

聖書は、私たちの問いに対して、非常にシンプルで深い答えを提示しています。

「神の国は、見える形では来ない。……実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカによる福音書 172021節)

神の国とは、個人の心の中にだけ閉じ込められたものではありません。それは、人と人との「間」に、対話と愛を通じて立ち上がるものです。

共生とは、全員が同じ考えを持つことではありません。互いの「個」という独立した空間を認めながらも、あえてその境界線を超え、手を伸ばし合うこと。かつての家族が不器用なボードゲームで時間を共有したように、私たちもまた、効率や利便性を脇に置いて、誰かの「生の時間」に直接触れる勇気を持たなければなりません。


 


「一人」から「私たち」への扉

私たちは今、孤立を招く「個人主義」の波の中にいます。だからこそ、意識的に「一人の空間」の扉を開ける必要があります。

  • 誰かのために料理を作る: お弁当の素材を選び、包丁を握るその音は、家族への確かな呼びかけです。
  • 名前を呼んで祈る: 姿が見えない相手であっても、その存在を心に留めることで、孤独な部屋は「開かれた場所」に変わります。

多様性の時代を生きる知恵とは、難しい理論ではありません。「あなたがそこにいてくれてよかった」という一言を、画面越しではなく、同じ空気を吸う場所で手渡していくことです。さあ、あなたの「個」という部屋から、一歩だけ外へ踏み出してみましょう。そこには、あなたを待っている誰かの眼差しがあるはずです。


祈りの一歩、愛のひと匙

 


祈りの一歩、愛のひと匙 ―― 37キロの路上の先にあるもの

重い足元、静かな朝の鼓動

三日ぶりのランニング。今朝は37キロの道のりを走り抜けました。タイムは3時間1654秒、平均ペースはキロ519秒。平均心拍数は130bpm、消費したカロリーは2,362kcal。手元の時計が刻む数字は、私の身体が刻んだ「生」の記録です。

世間では連休の最終日ですが、私にとっては休息の連休ではありませんでした。嵐の中を駆け抜けた和歌山への旅、そして大切な務めとしてのハードなスケジュール。その疲れが残っていたのでしょう。走り出した瞬間、足元が鉛のように重く感じられました。


 


路上の祈り、遠くの友へ

重い足を引きずるようにして進む中で、私の心は自然と、先日の旅で再会した人たちのもとへと飛んでいました。上洞の山深い地で待っていてくれた二十名の大家族。そして、御坊駅の待合室で、私の手を最後まで離さなかった長老夫妻。一歩、また一歩。地面を蹴る振動と共に、一人ひとりの顔を思い浮かべ、彼らの上に主の平安があるようにと祈りました。不思議なものです。自分の記録や体の重さだけに目を向けている時はただ苦しいだけなのに、誰かのために祈り始めると、その一歩は「義務」から「献身」へと変わります。

走り続けてよかった。37キロという長い孤独な時間こそが、遠く離れた兄弟姉妹たちと霊的に深くつながるための、尊い祈祷室となったのです。




お弁当箱に詰める、小さな神の国

明日から、私たちの日常はまた新しく動き出します。看護の道を志す娘も、明日から保育園での実習が始まるとのこと。園児たちと同じ空間で、一緒にお弁当を食べる。その光景を想像するだけで、心が温かくなります。我が家の食を支える買い物と料理は、私の大切な役割です。これから、娘のお弁当のための素材を買いに出かけます。    

聖書には、このような言葉があります。

「あなたがたが、これらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」(マタイによる福音書 2540節)

37キロを走り抜く強さも必要ですが、小さなおかずを丁寧に作り、お弁当箱に詰めるという微細な愛もまた、同じくらい尊いものです。  世界を騒がせる大きなニュースや不条理な出来事の中でも、私たちがキッチンで野菜を刻み、家族の健康を願い、誰かのために祈る。そのささやかな「生の営み」の中にこそ、神様の国は静かに、しかし力強く現れているのだと確信しています。


 


整えて、また踏み出す

今日までを「整え」の時とし、明日からは来週の成田でのセミナーに向けた最終確認と準備に取り掛かります。身体を休めることも、誰かのために料理をすることも、すべては主から与えられた使命の一部です。

あなたの足元が、今朝の私のように重く感じられることはありませんか?  

そんな時は、自分の重荷だけでなく、誰か大切な人の顔を思い浮かべてみてください。  あなたのその一歩、その手が、誰かの支えになっている。そのことに気づくとき、私たちは再び新しい力を得ることができます。

さあ、新しい一週間が始まります。  感謝と喜びをもって、それぞれの持ち場へと踏み出しましょう。

今日も、共に前進です。

 

2026年5月5日火曜日

最初の共同体

 


手のぬくもりが教えてくれたこと――帰り道に届いた愛の荷物

連休の終わり、胸に残る温度

連休もあと一日。 少しハードなスケジュールで上洞まで行ってきましたが、 今はただ「行ってよかった」と静かに思っています。

正直、次にいつ会えるか分からない状況の中で再会した長老家族。 握っていた長老と奥さんの手のぬくもりが、まだ指先に残っています。 あの温度は、言葉よりも深く心に触れてきました。

 


届いた荷物と、再びつながる声

今日、上洞から荷物が届きました。 昨日、帰りに渡しそびれたお土産でした。 段ボールを開けた瞬間、胸の奥にふっと温かい風が吹いたようでした。

お礼の電話をすると、話は再び盛り上がり、 お互いに感謝の言葉を交わしました。

「先生、皆は帰ってしまい、また一人ぼっちになりました」 83歳の姉妹はそう言いました。でも、わたしは答えました。 「ラインがつながったので、これからノアちゃんの写真とメッセージを送りますよ」と。声の向こうで、少し笑った気配がしました。

 


家族が帰ったあとの静けさ

おそらく、多くの家庭でも同じことが起きているのでしょう。 家族が集まり、孫たちが走り回り、笑い声が満ちた家が、 連休の終わりとともに静けさを取り戻す。二人きりになる家。 一人ぼっちになる家。 その静けさは、時に胸に重くのしかかります。

 


人は一人では生きられない――神様が与えた「家族」という場所

人間は、一人だけでは生きられない存在です。 だから神様は、一緒に暮らすための「家族」を与えてくださいました。

  • 喜びを分かち合うため
  • 悲しみを支え合うため
  • 弱さを受け止め合うため

家族は、神様がこの地上に置いてくださった最初の共同体。 だからこそ、大切にすべきなのだと、昨日の再会が教えてくれました。

 


今日の小さな歩みの中で

先ほど、散歩を終え、ゴミを出し、仕事をして、 そろそろ二度寝の時間が近づいてきました。明日はランニングの日。 また新しい一日が始まります。

家族の温度を思い出しながら、 今日も小さな一歩を積み重ねていきたいと思います。

共に生きる

 


「総務省が55日の「こどもの日」に合わせて毎年公表する15歳未満の子どもの推計人口(41日現在)は、前年より36万人少ない1329万人で、1982年から45年連続の減少となった。国連人口統計年鑑によると、人口4000万人以上の世界37カ国中、子どもの割合が最も低いのは韓国の10.2%で、日本は2番目に低い。次いで、イタリア11.7%、スペイン12.6%だった」。という。

この「1329万人」という数字の背景にある、私たちの社会の「未来の侵食」について。

 


1. 未来が「削られている」という概念の正体

未来学において、子どもたちの減少は単なる「統計上のマイナス」ではありません。それは、私たちがアクセスできる「未来という資源」そのものが物理的に削り取られている状況を指します。

新しいアイデア、価値観の更新、技術革新、そして何より「生命のエネルギー」は、常に次世代という源泉から流れ込みます。子どもの割合が世界で2番目に低いということは、日本という国が「未来からの供給」を遮断された、閉じた循環系になりつつあることを意味します。私たちが今使っている社会インフラや文化、経済の仕組みは、常に「新しい層」が加わることを前提に設計されています。その「設計前提」が崩れることは、社会全体の活力が摩耗し、やがて機能不全に陥る「未来の欠損」です。

 


2. 「自ら失われる命」という重層的な危機

さらに深刻なのは、絶対数が減っている貴重な子どもたちが、自死や心中という形で、その短い生涯を「不本意に閉じさせられている」という現状です。これは、社会が子どもたちに対して「未来を信じるに値する場所」として提示できていないという、文明的な敗北を意味します。未来学の視点で見れば、自死の増加は「社会のセーフティネットの欠如」という以上に、「意味の危機」です。

  • 家庭の孤立: 心中という悲劇は、家庭が社会から切り離された「密室」になっている証拠です。
  • 競争の激化: 数が少ないからこそ、一人ひとりに過剰な期待とプレッシャーがかかり、逃げ場のない「選別の椅子取りゲーム」に巻き込まれています。
  • 絶望の学習: 大人の社会が効率や損得ばかりを優先する姿を見て、子どもたちは「生きることの不条理」を先取りして学習してしまっています。


 

3. 根本的な解決策への「未来学的アプローチ」

この不条理を止めるための根本的な解決策は、単なる経済的支援(子育て支援金など)の次元ではありません。社会全体の「オペレーティング・システム」を書き換える必要があります。

「教育」から「共生」への転換

現在の教育システムは、産業革命以降の「優秀な部品を作るための選別」を続けています。これを、個々の命が「ただ存在しているだけで価値がある」と実感できる「承認型社会」へ移行させる必要があります。子どもを「未来の労働力」ではなく、「今、共に生きるパートナー」として尊重する文化の醸成です。

「家族の公有化(開かれた家族)」

「心中」を防ぐには、家族という単位を社会へ開放することです。自分が一昨日上洞と御坊で体験された「20名の大家族」や「共に祈る群れ」のような、血縁を超えた「精神的コミュニティ」が、個々の家庭を包み込む必要があります。「子どもは親が育てるもの」という閉じた常識を捨て、「社会全体がすべての子どもの親になる」という、古代の村落共同体が持っていた知恵を現代的に再構築(メタ・コミュニティ化)することです。

「成功」の定義の再定義

未来学者が提唱するのは「GDP(国内総生産)」から「GDH(国内総幸福)」への移行です。数字上の距離(550km走ったこと)や、効率(3時間のために24時間かけることの無駄)を問うのではなく、そのプロセスに宿る「愛」や「意味」を評価する社会です。「不条理の世界の中での人生は不条理ではない」という確信こそが、子どもたちを絶望から救う最後の砦となります。

共に生きることです。

「これは、わたしの仕事や」

 


「これは、わたしの仕事や」――静かな愛が照らす、家族という聖なる場所

朝の光の中で思い返した、ひとつの物語

子どもの日の空は、やわらかな光に満ちていました。 窓から入る風は少し湿り気を帯び、季節がゆっくりと夏へ向かっていることを知らせてくれます。

そんな朝、昨日、御坊駅の待合室で聞いた娘さんの語りが、胸の奥で静かに響き続けていました。 97歳の父親と93歳の母親を持つ娘さんが、深い愛の物語を話してくれたのです。

 


夜の洗面所で起きた、静かな愛の場面

ある晩、洗面所から水の音が聞こえ、娘さんは目を覚ましました。 そっと扉を開けると、そこには父親が母親の下着を洗っている姿がありました。

母親は夜中にトイレに間に合わず、衣類を濡らしてしまったとのこと。 それを見た父親は、誰にも頼らず、自分の手で静かに洗っていたのです。

娘さんが驚いて立ち尽くすと、父親は振り返り、 にっこり笑ってこう言いました。

「これは、わしの仕事や」

その一言に、長い年月を共に歩んできた夫婦の絆、 苦しみも喜びも分かち合ってきた人生の重みが、すべて込められていました。

 


苦難を越えて歩んだ信仰の道

このご夫妻は、若い頃から多くの試練を共に乗り越えてきました。

  • 父親は若い時に結核を患い、牧師の祈りと勧めによってイエス・キリストを信じたこと
  • その日から人生を主に捧げて歩んできたこと
  • 小学校の音楽教師として、そして校長として子どもたちに向き合ってきたこと
  • 退職後は教会の長老として信仰の道を歩み続けてきたこと
  • 子どもたちの病、そして死という深い悲しみを経験しながらも、愚痴をこぼさず、 「これは自分が背負うべき十字架だ」と信じ続けてきたこと
  • 今もなお、説教看板を書き続けていること

そのすべてが、昨日の「これは、わしの仕事や」という言葉に結晶していました。

 


家族とは何か――静かに問いかけてくるもの

最近のニュースでは、家族の間で起きる痛ましい事件が多く取り上げられています。 家族が壊れるとき、社会もまた深く傷つきます。

しかし、昨日聞いたこの物語は、 家族とは本来、互いを支え合い、弱さを受け止め合う聖なる場所であることを思い出させてくれました。

イエス様はこう語られました。

「互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34

愛とは、大きな言葉ではなく、 夜中の洗面所で静かに下着を洗うような、 誰にも見えない小さな行為の中に宿るものなのだと思います。

 


今日、わたしたちが歩き出すために

家族の形はそれぞれ違います。 抱えている痛みも、背負っている十字架も違います。

しかし、どんな家庭にも、 小さな愛が灯る瞬間があります。

その一つひとつが、 家族を支え、社会を支え、 そしてわたしたち自身を支えていくのだと感じました。

今日、あなたの周りにも、 そっと寄り添うべき誰かがいるかもしれません。 その人のためにできる小さな愛―― それこそが、神様があなたに託しておられる「仕事」なのかもしれません。

今日も、共に前進です。

子どもの日



「子どもは未来の光」――子どもの日に思う、イエス様のまなざし

子どもの日、空にひらく希望の旗

今日は子どもの日。 街には色とりどりの鯉のぼりが揺れ、空を泳ぐその姿は、まるで未来へ向かって進む子どもたちの姿のようです。 季節の風に吹かれながら、ふとイエス様の言葉が心に浮かびました。

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。」(マルコ10:14

この言葉は、単に子どもを歓迎するという意味ではありません。 イエス様は、子どもを「未来のしるし」として、そして「神の国の鍵を握る存在」として見ておられました。

 


子どもは未来と希望のしるし

子どもは、まだ何者でもなく、しかし何者にもなりうる存在です。 その小さな手の中には、 家族の未来、社会の未来、そして教会の未来が静かに宿っています。

イエス様は、弟子たちが子どもを退けようとしたとき、 「子どものようにならなければ、神の国に入れない」と語られました。

子どもの持つ

  • 素直さ
  • 信じる力
  • まっすぐな心
  • そして、未来へ向かう柔らかい希望

それらは、わたしたち大人が忘れがちな神の国の姿そのものです。

 


大人に託された役割と責任

しかし同時に、イエス様はこうも語られました。

「これらの小さい者の一人をつまずかせる者は」(マタイ18:6

子どもを守ること、育てること、導くこと―― それは大人に託された、重く、しかし尊い使命です。

子どもたちが

  • 安心して眠れる家
  • 愛されていると感じられる場所
  • 自分の価値を知る言葉
  • 未来を信じられる環境

これらを整えるのは、わたしたち大人の責任です。

そして何より、 子どもたちの前で、希望を語れる大人であること。 それが、イエス様がわたしたちに求めておられる姿なのだと思います。

 


子どもたちの未来を祈り、支える歩みへ

子どもの日は、単なる祝日ではありません。 それは、わたしたち大人がもう一度立ち止まり、 「子どもたちの未来のために、何を祈り、何を差し出すべきか」 を問い直す日でもあります。今日、空を泳ぐ鯉のぼりを見ながら、 わたしたちもまた、子どもたちの未来のために祈り、支え、守る者として立ちたいと思います。

子どもは、神様がこの世界に与えてくださった希望の預けものです。

その未来が祝福で満ちるように、 わたしたち大人が、愛と責任をもって歩み続けられますように。 

今回の記念会の前後の詳細な内容

 


明日4日(月)は、教会員の記念会司式のため、今晩の飛行機で仙台から関空へ向かいます。 この奉仕は、御坊はこぶね教会の教会員の方から昨年依頼されていたもので、今年度から同教会が無牧となったこともあり、祈りつつお受けしました。

式は、故人のご自宅がある和歌山県日高郡印南町上洞(現・88人村)で行われます。私が牧会していた頃、病のため礼拝に来られなかった故人を、ノアちゃんと共に月34回訪問していました。往復約50キロの道のりを、真夏もノアちゃんはよく歩いてくれました。あれからまもなく10年。今年の6月で、天に召された日からちょうど10年の節目を迎えます。当日夕方便で仙台に戻る予定です。



「故 太田忠楠兄召天10周年記念会」04-MAY-2026

聖書:ヨハネによる福音書1417

本日、私たちは故・太田忠楠兄が天に召されてから10年という節目を迎え、こうして共に集い、記念会を持ちますことを、心から感謝いたします。10年前のあの日、私たちは深い悲しみの中で、忠楠兄を主の御手におゆだねしました。 しかし、あの夜、私たちが共に

聴いた聖書の言葉は、今も変わらず、私たちの心に語りかけています。

「あなたがたは心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。 わたしの父の家には住むところがたくさんある。」(ヨハネ14:1–2

この御言葉は、イエス様が十字架に向かう直前、弟子達に語られた言葉です。不安と恐れに包まれる弟子たちに、イエス様は「心を騒がせるな」と語りかけ、ご自身が彼らのために「場所を用意しに行く」と約束されました。

忠楠兄は、まさにこの約束を信じて歩まれた方でした。病と共に歩む日々は決して平坦ではありませんでした。酸素ボンベを手放せない生活、繰り返される入退院、そしてご自宅での介護生活。 しかし、そのすべての歩みの中に、主を信じる信仰がありました。

そして、その信仰に支えられたご家族の愛と献身がありました。

2016619日付の教会週報に私が書き記したコラムを、ここで少しご紹介させていただきます。」・・・・・

 

2016619日の御坊はこぶね教会の週報のコラム」

613日・14日に大阪で行われた全国連合長老会の会議に出席していた折、太田和代姉から二度、電話がありました。13日の最初の電話を受けた時から、心の準備はしていました。そして14日午前、会議中に再び電話があり、「今日を乗り越えるのは難しいかもしれない」との知らせを受けました。私はすぐに会場を後にし、駅へ向かいました。14時頃、御坊駅に到着し、安兄の車で和歌山病院へ向かいました。病室には、忠楠兄のお兄さんご夫妻、長女と次女、そして長女の末の息子さん(高校生)がいらっしゃいました。血圧は上下を繰り返しており、不安定な状態でした。午後5時過ぎ少し落ち着いた様子が見えた為、私はメモリアルウエストに向かい、今後の段取りについて打ち合わせを行い、その後教会に戻りました。その日の2130分頃、和代姉から再び電話があり、「ただ今、天に召されました」とのこと。すぐに病院へ向かいました。その後、一度帰宅していた次女と三女も駆けつけてくださいました。お二人は看護師であったため、病室で忠楠兄の最期の処置を、看護師の方々と共に丁寧に行って下さいました。そこには、「悔しい」「悲しい」といった雰囲気はまったくありませんでした。神様が、十分な別れの時を与えてくださったからです。その間、私は葬儀社に連絡を取り、お迎えの準備をお願いしました。やがてご遺体の搬送準備が整い、葬儀社の車に乗せられて上洞へ向かいました。私はその車の後を追って走りました。暗い道を進みながら、かつてこの道を歩いて忠楠兄に会いに行った日々を思い出していました。やがて上洞に到着し、忠楠兄をお部屋にお寝かせし、祈ったあと、翌日の段取りを打ち合わせてから教会に戻ると、日付はすでに変わっていました。すぐに前夜式のプログラム作成、印刷、説教の準備に取りかかりました。前夜式の朝がやって来ました。午前中は会場の設営を行い、駐車場の鍵を借りるために美浜町の谷口さんのもとへ伺いました。一連の流れは驚くほどスムーズに進み、確かに主の御手が働いておられることを感じました。前夜式には約86名の方々が集い、共に忠楠兄を偲びつつ、

礼拝に与りました。おそらく、初めてキリスト教の葬儀に出席された方も多かったのではないかと思います。本当に恵みの時でした。主は忠楠兄を用いて、福音に出会う機会を与えてくださいました。恵みに満ちた前夜式を終え、私は再び告別式のプログラム作成と説教準備に取りかかりました。やがて朝が来て、告別式が始まりました。多くの方々が礼拝に集い、御言葉に耳を傾けました。教会でのすべてのプログラムを終えた後、棺は美浜町の斎場へと運ばれました。礼拝に始まり、礼拝で終わった忠楠兄の葬儀。焼き上がったとき、そこに忠楠兄の姿はもうありませんでした。主の御言葉のとおり、灰となり、塵に帰っていかれたのです。残されたご遺骨は、お墓用と教会用の壺に分けて納め、再び上洞へ。最後にご自宅へお骨をお届けし、共に祈りを捧げてから教会に戻りました。忠楠兄は今、天の御国で、主が備えてくださった祝宴に与っておられることでしょう。

 きっと、「永遠の命に与って、本当に良かった!」と叫んでおられるに違いありません。 喜びの悲鳴を上げておられることでしょう。 それほど、天国は素晴らしい場所なのです。

和代さん、本当にありがとう。「おかげで、わしは主に出会い、天国に来ることができたよ。 本当にありがとう。本当に。」(終)

 


和代姉をはじめ、ご家族の皆さまが共に背負い、共に祈り、共に涙を流しながら歩まれた日々。それはまさに「愛によって仕える」という信仰の実践であり、神の国の希望を証しする歩みでした。私もまた、その歩みの一端に加えられたことを、今も感謝しています。上洞での集会、ノアちゃんとの祈りの訪問、そして共に過ごした静かな時間。それらは、私にとっても忘れがたい恵みの記憶です。忠楠兄の信仰と忍耐そして感謝に満ちた最後の涙は、今も私の心に深く刻まれています。

🌿死は終わりではなく、帰ること

聖書は、死を「終わり」とは語りません。むしろ、「帰ること」として語ります。イエス様は、「わたしのいるところに、あなたがたもいることになる」と約束されました。それは、私たちのために用意された天のふるさとがあるということです。

忠楠兄は、そのふるさとへと帰られました。 そして今、私たちもまた、そのふるさとを

目指して歩んでいます。この地上の人生は、永遠の命に至る旅路の一部です。だからこそ私たちはこの人生を、希望をもって歩むことができるのです。



今を生きる私たちへの励まし

10年という歳月は、長いようでいて、振り返ればあっという間だったかもしれません。 けれども、その間に、私たちは多くのことを経験し、学び、祈り、支え合ってきました。

忠楠兄の生き方、信仰の姿勢、そして家族への深い愛は、今も私たちの心に生きています。 その証しは、消えることなく、次の世代へと受け継がれていくのです。ですから、

どうかこの記念の時を、ただ過去を懐かしむだけの時とせず、これからを生きる私達が、信仰と希望と愛に生きる決意を新たにする時とさせていただきましょう。

最後に、もう一度この御言葉を心に刻みます:

「イエスが死んで復活されたと、私達は信じています。 神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、 イエスと一緒に導き出してくださいます。」(4:14

この約束こそが、私達の慰めであり、希望であり、そしてどんな困難の中でも前を向いて生きる力となるのです。

 


祈祷

救い主イエス・キリストの父なる神様、 あなたの深い愛と真実に心から感謝いたします。

10年前、あなたの御手におゆだねした太田忠楠兄の信仰の歩みを、 今日こうしてご家族の皆さんと共に思い起こすことができる恵みをありがとうございます。

どうかご遺族お一人おひとりの上に、あなたの慰めと平安、そして新たな希望と力を豊かに注いでください。私たちもまた、忠楠兄のように、 主イエスを信じ、与えられた人生を感謝と愛をもって歩むことができますように。この祈りを、私たちの救い主、主イエス・キリストの御名によっておささげいたします。 アーメン。