朝の光を肺いっぱいに吸い込んで ―― 身体の対話と、エールをのせた特等席
新緑の街から、青々とした田んぼ道へ
今朝は午前四時半ごろにランニングをスタートさせました。まだ誰も歩いていない静かな街のなか、すがすがしい朝の空気を肺いっぱいに吸い込みながら、一歩一歩路面を蹴り出していきます。今日のルートは、静まり返った街の中心部を抜け、娘が通う学校の前を通り、最後は若林区に広がる美しい田んぼ道を走るコース。朝露に濡れた稲の匂いと爽やかな風を感じながら、最終的に30キロを無事に完走することができました。どこかに痛みを覚えるような苦しみもなく、ただただ純粋に走り続けることができたことに、深い感謝の念が湧き上がってきます。
「3年目」のランナーが手に入れた、内なる物差し
ランナーとしての人生を歩み始めて、今年で3年目を迎えました。この歳月が私にもたらしてくれたのは、何よりも「自分の正確なペースを知る」という内なる物差しです。今では、どれくらいの距離をどれほどの時間をかけて走っているのか、時計を見ずとも自分の身体の感覚だけでピタリと分かるようになりました。
実は今日も、当初は「25キロ」を一つの目標にして走り出したのです。しかし、後半の路を駆けていくなかで、身体の奥からきこえる声に耳を澄ませてみると、「この安定したペースなら、今日は30キロまで行ける」という確信が自然と巡ってきました。結果、身体に無理な負担を感じることもなく、非常に自然な調子でキロ5:13ペースで30キロを走り切ることができたのです。目標を頑なに守ることだけが正解ではなく、その時々のコンディションと誠実に対話し、柔軟に可能性を広げていく。そんなしなやかな強さが、日々の継続のなかで培われてきたことを実感しています。
疲れを包み込む「受け皿」があるという安心
帰宅すると、ちょうど娘が学校へ行くための準備をしていました。今週も彼女にとって大切な実習の日々が始まります。30キロを走ってきたばかりの私は、愛する娘に向けて精一杯の言葉をかけました。
「朝のすがすがしい空気をいっぱい吸って行きなさい。実習の後、疲れた身体のケアーはパパに任せて!駅まで迎えに行くから。美味しい夕食も用意しておくよ」
私の言葉を聞いて、娘は満面の笑顔を浮かべ、元気に玄関を出ていきました。
実習という緊張の続く現場に向かう彼女にとって、「疲れて帰ってきても、必ず温かく迎えてくれる場所がある」「自分の身体を労わってくれる存在が待っている」という安心感は、何よりの盾となるはずです。私たちは、自分の限界まで頑張る日があっても、その疲れを受け止めてくれる特等席があるからこそ、再び明日へ向かう勇気を持つことができます。
聖書は、私たちが互いの疲れを労わり合い、守り合うことの尊さをこのように伝えています。「主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え/疲れた人を励ますように/言葉を呼び覚ましてくださる。朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし/弟子として聞き従うようにしてくださる。」(イザヤ書 50章4節 参照)
朝一番に良い空気を吸い、身体の声を聴くこと。そして、大切な家族の疲れに寄り添い、具体的な愛(送迎や美味しい夕食)をもって励ますこと。その循環のなかに、神様がデザインされた温かい共同体の原形があります。
今日を笑顔で生き切るための、小さな吸気
新しい一週間が始まり、あなたは今、どれほどの荷物を背負ってスタートラインに立っているでしょうか。まだ見ぬ一週間の長さに、息が詰まりそうになってはいませんか。
まずは、今いるその場所で、深く息を吸い込んでみてください。 自分の身体の調子を無視して最初から全力疾走する必要はありません。3年目のランナーが身体の感覚を信じたように、あなたも自分のペースを大切にしていいのです。
- 身体を聴く: 周囲のスピードに惑わされず、今の自分が「心地よく進める歩調」を保つ。
- 愛を宣言する: 身近な人がこれから大変な場に赴くなら、先に「帰ってきたら味方でいるよ」という安心の手形を渡しておく。
- 今日に徹する: 今週全体の重みではなく、今朝与えられた美味しい空気と、目の前の「今日」の一歩に集中する。
美味しい朝の空気を、胸いっぱいに
娘を送り出した後の家の中には、爽やかな朝の光が差し込んでいます。 どんなに大変な実習や仕事が待っているとしても、笑顔で、前に進むことです。私たちには、今日一日を精一杯生きるための命と、お互いを支え合う温かい絆がすでに与えられているのですから。さあ、美味しい朝の空気をもう一度いっぱいに吸い込んで、それぞれの持ち場へと踏み出していきましょう。
今日も、共に美味しい空気を吸って、前進です。




