🌿 揺れのあとに残る静けさの中で
昨日の地震は、胸の奥をぎゅっとつかむような揺れでした。 4月の風はやわらかくなってきたのに、あの瞬間だけは空気の温度がすっと下がったように感じた方も多いのではないでしょうか。
「大丈夫でしたか?」 他県の友人たちから届くメッセージに、ありがたさと同時に、言葉にしづらい不安がふっとよみがえる。 30年以上この地に暮らしても、慣れることのない揺れがあります。
東日本大震災を経験した方々にとって、地震はただの“揺れ”ではありません。 音、匂い、あの時の空の色──記憶のどこかに沈んでいたものが、突然浮かび上がってくることがあります。「備えが大事なのは分かっている。でも、心の備えは追いつかない。」
これは弱さではなく、人として自然な反応です。 私たちは、予測できないものに対して、どうしても身構えてしまう。 そしてその根っこには、いつも“死への恐れ”が静かに横たわっています。
聖書は、そんな私たちの恐れに対して、まっすぐな言葉を差し出します。
「わたしのいのちは、あなたの御手の中にあります。」(詩篇31:15)
この一文は、状況が安全だから安心できるのではなく、 “どんな時でも、命は主の御手の中にある”という事実が安心をつくるのだと教えてくれます。
地震が来るかどうかは選べません。 明日がどうなるかも選べません。
でも── 「誰の手の中で生きるか」は選べる。
死を克服した方の手に、自分の命をゆだねて生きる。 それが信仰であり、恐れに飲み込まれない唯一の道です。
今日も、私たちは揺れの記憶を抱えながら、それでも歩き続けます。 心が追いつかない日があっても大丈夫です。 主の御手は、揺れの中でも、静けさの中でも、変わらずあなたを支えています。だからこそ、今日も与えられた命を、精一杯に生きていきましょう。
これらのことを考えながら今朝は36キロを走りました。
今日も、前進です。

