デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年5月5日火曜日

「これは、わたしの仕事や」

 


「これは、わたしの仕事や」――静かな愛が照らす、家族という聖なる場所

朝の光の中で思い返した、ひとつの物語

子どもの日の空は、やわらかな光に満ちていました。 窓から入る風は少し湿り気を帯び、季節がゆっくりと夏へ向かっていることを知らせてくれます。

そんな朝、昨日、御坊駅の待合室で聞いた娘さんの語りが、胸の奥で静かに響き続けていました。 97歳の父親と93歳の母親を持つ娘さんが、深い愛の物語を話してくれたのです。

 


夜の洗面所で起きた、静かな愛の場面

ある晩、洗面所から水の音が聞こえ、娘さんは目を覚ましました。 そっと扉を開けると、そこには父親が母親の下着を洗っている姿がありました。

母親は夜中にトイレに間に合わず、衣類を濡らしてしまったとのこと。 それを見た父親は、誰にも頼らず、自分の手で静かに洗っていたのです。

娘さんが驚いて立ち尽くすと、父親は振り返り、 にっこり笑ってこう言いました。

「これは、わしの仕事や」

その一言に、長い年月を共に歩んできた夫婦の絆、 苦しみも喜びも分かち合ってきた人生の重みが、すべて込められていました。

 


苦難を越えて歩んだ信仰の道

このご夫妻は、若い頃から多くの試練を共に乗り越えてきました。

  • 父親は若い時に結核を患い、牧師の祈りと勧めによってイエス・キリストを信じたこと
  • その日から人生を主に捧げて歩んできたこと
  • 小学校の音楽教師として、そして校長として子どもたちに向き合ってきたこと
  • 退職後は教会の長老として信仰の道を歩み続けてきたこと
  • 子どもたちの病、そして死という深い悲しみを経験しながらも、愚痴をこぼさず、 「これは自分が背負うべき十字架だ」と信じ続けてきたこと
  • 今もなお、説教看板を書き続けていること

そのすべてが、昨日の「これは、わしの仕事や」という言葉に結晶していました。

 


家族とは何か――静かに問いかけてくるもの

最近のニュースでは、家族の間で起きる痛ましい事件が多く取り上げられています。 家族が壊れるとき、社会もまた深く傷つきます。

しかし、昨日聞いたこの物語は、 家族とは本来、互いを支え合い、弱さを受け止め合う聖なる場所であることを思い出させてくれました。

イエス様はこう語られました。

「互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34

愛とは、大きな言葉ではなく、 夜中の洗面所で静かに下着を洗うような、 誰にも見えない小さな行為の中に宿るものなのだと思います。

 


今日、わたしたちが歩き出すために

家族の形はそれぞれ違います。 抱えている痛みも、背負っている十字架も違います。

しかし、どんな家庭にも、 小さな愛が灯る瞬間があります。

その一つひとつが、 家族を支え、社会を支え、 そしてわたしたち自身を支えていくのだと感じました。

今日、あなたの周りにも、 そっと寄り添うべき誰かがいるかもしれません。 その人のためにできる小さな愛―― それこそが、神様があなたに託しておられる「仕事」なのかもしれません。

今日も、共に前進です。

子どもの日



「子どもは未来の光」――子どもの日に思う、イエス様のまなざし

子どもの日、空にひらく希望の旗

今日は子どもの日。 街には色とりどりの鯉のぼりが揺れ、空を泳ぐその姿は、まるで未来へ向かって進む子どもたちの姿のようです。 季節の風に吹かれながら、ふとイエス様の言葉が心に浮かびました。

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。」(マルコ10:14

この言葉は、単に子どもを歓迎するという意味ではありません。 イエス様は、子どもを「未来のしるし」として、そして「神の国の鍵を握る存在」として見ておられました。

 


子どもは未来と希望のしるし

子どもは、まだ何者でもなく、しかし何者にもなりうる存在です。 その小さな手の中には、 家族の未来、社会の未来、そして教会の未来が静かに宿っています。

イエス様は、弟子たちが子どもを退けようとしたとき、 「子どものようにならなければ、神の国に入れない」と語られました。

子どもの持つ

  • 素直さ
  • 信じる力
  • まっすぐな心
  • そして、未来へ向かう柔らかい希望

それらは、わたしたち大人が忘れがちな神の国の姿そのものです。

 


大人に託された役割と責任

しかし同時に、イエス様はこうも語られました。

「これらの小さい者の一人をつまずかせる者は」(マタイ18:6

子どもを守ること、育てること、導くこと―― それは大人に託された、重く、しかし尊い使命です。

子どもたちが

  • 安心して眠れる家
  • 愛されていると感じられる場所
  • 自分の価値を知る言葉
  • 未来を信じられる環境

これらを整えるのは、わたしたち大人の責任です。

そして何より、 子どもたちの前で、希望を語れる大人であること。 それが、イエス様がわたしたちに求めておられる姿なのだと思います。

 


子どもたちの未来を祈り、支える歩みへ

子どもの日は、単なる祝日ではありません。 それは、わたしたち大人がもう一度立ち止まり、 「子どもたちの未来のために、何を祈り、何を差し出すべきか」 を問い直す日でもあります。今日、空を泳ぐ鯉のぼりを見ながら、 わたしたちもまた、子どもたちの未来のために祈り、支え、守る者として立ちたいと思います。

子どもは、神様がこの世界に与えてくださった希望の預けものです。

その未来が祝福で満ちるように、 わたしたち大人が、愛と責任をもって歩み続けられますように。 

今回の記念会の前後の詳細な内容

 


明日4日(月)は、教会員の記念会司式のため、今晩の飛行機で仙台から関空へ向かいます。 この奉仕は、御坊はこぶね教会の教会員の方から昨年依頼されていたもので、今年度から同教会が無牧となったこともあり、祈りつつお受けしました。

式は、故人のご自宅がある和歌山県日高郡印南町上洞(現・88人村)で行われます。私が牧会していた頃、病のため礼拝に来られなかった故人を、ノアちゃんと共に月34回訪問していました。往復約50キロの道のりを、真夏もノアちゃんはよく歩いてくれました。あれからまもなく10年。今年の6月で、天に召された日からちょうど10年の節目を迎えます。当日夕方便で仙台に戻る予定です。



「故 太田忠楠兄召天10周年記念会」04-MAY-2026

聖書:ヨハネによる福音書1417

本日、私たちは故・太田忠楠兄が天に召されてから10年という節目を迎え、こうして共に集い、記念会を持ちますことを、心から感謝いたします。10年前のあの日、私たちは深い悲しみの中で、忠楠兄を主の御手におゆだねしました。 しかし、あの夜、私たちが共に

聴いた聖書の言葉は、今も変わらず、私たちの心に語りかけています。

「あなたがたは心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。 わたしの父の家には住むところがたくさんある。」(ヨハネ14:1–2

この御言葉は、イエス様が十字架に向かう直前、弟子達に語られた言葉です。不安と恐れに包まれる弟子たちに、イエス様は「心を騒がせるな」と語りかけ、ご自身が彼らのために「場所を用意しに行く」と約束されました。

忠楠兄は、まさにこの約束を信じて歩まれた方でした。病と共に歩む日々は決して平坦ではありませんでした。酸素ボンベを手放せない生活、繰り返される入退院、そしてご自宅での介護生活。 しかし、そのすべての歩みの中に、主を信じる信仰がありました。

そして、その信仰に支えられたご家族の愛と献身がありました。

2016619日付の教会週報に私が書き記したコラムを、ここで少しご紹介させていただきます。」・・・・・

 

2016619日の御坊はこぶね教会の週報のコラム」

613日・14日に大阪で行われた全国連合長老会の会議に出席していた折、太田和代姉から二度、電話がありました。13日の最初の電話を受けた時から、心の準備はしていました。そして14日午前、会議中に再び電話があり、「今日を乗り越えるのは難しいかもしれない」との知らせを受けました。私はすぐに会場を後にし、駅へ向かいました。14時頃、御坊駅に到着し、安兄の車で和歌山病院へ向かいました。病室には、忠楠兄のお兄さんご夫妻、長女と次女、そして長女の末の息子さん(高校生)がいらっしゃいました。血圧は上下を繰り返しており、不安定な状態でした。午後5時過ぎ少し落ち着いた様子が見えた為、私はメモリアルウエストに向かい、今後の段取りについて打ち合わせを行い、その後教会に戻りました。その日の2130分頃、和代姉から再び電話があり、「ただ今、天に召されました」とのこと。すぐに病院へ向かいました。その後、一度帰宅していた次女と三女も駆けつけてくださいました。お二人は看護師であったため、病室で忠楠兄の最期の処置を、看護師の方々と共に丁寧に行って下さいました。そこには、「悔しい」「悲しい」といった雰囲気はまったくありませんでした。神様が、十分な別れの時を与えてくださったからです。その間、私は葬儀社に連絡を取り、お迎えの準備をお願いしました。やがてご遺体の搬送準備が整い、葬儀社の車に乗せられて上洞へ向かいました。私はその車の後を追って走りました。暗い道を進みながら、かつてこの道を歩いて忠楠兄に会いに行った日々を思い出していました。やがて上洞に到着し、忠楠兄をお部屋にお寝かせし、祈ったあと、翌日の段取りを打ち合わせてから教会に戻ると、日付はすでに変わっていました。すぐに前夜式のプログラム作成、印刷、説教の準備に取りかかりました。前夜式の朝がやって来ました。午前中は会場の設営を行い、駐車場の鍵を借りるために美浜町の谷口さんのもとへ伺いました。一連の流れは驚くほどスムーズに進み、確かに主の御手が働いておられることを感じました。前夜式には約86名の方々が集い、共に忠楠兄を偲びつつ、

礼拝に与りました。おそらく、初めてキリスト教の葬儀に出席された方も多かったのではないかと思います。本当に恵みの時でした。主は忠楠兄を用いて、福音に出会う機会を与えてくださいました。恵みに満ちた前夜式を終え、私は再び告別式のプログラム作成と説教準備に取りかかりました。やがて朝が来て、告別式が始まりました。多くの方々が礼拝に集い、御言葉に耳を傾けました。教会でのすべてのプログラムを終えた後、棺は美浜町の斎場へと運ばれました。礼拝に始まり、礼拝で終わった忠楠兄の葬儀。焼き上がったとき、そこに忠楠兄の姿はもうありませんでした。主の御言葉のとおり、灰となり、塵に帰っていかれたのです。残されたご遺骨は、お墓用と教会用の壺に分けて納め、再び上洞へ。最後にご自宅へお骨をお届けし、共に祈りを捧げてから教会に戻りました。忠楠兄は今、天の御国で、主が備えてくださった祝宴に与っておられることでしょう。

 きっと、「永遠の命に与って、本当に良かった!」と叫んでおられるに違いありません。 喜びの悲鳴を上げておられることでしょう。 それほど、天国は素晴らしい場所なのです。

和代さん、本当にありがとう。「おかげで、わしは主に出会い、天国に来ることができたよ。 本当にありがとう。本当に。」(終)

 


和代姉をはじめ、ご家族の皆さまが共に背負い、共に祈り、共に涙を流しながら歩まれた日々。それはまさに「愛によって仕える」という信仰の実践であり、神の国の希望を証しする歩みでした。私もまた、その歩みの一端に加えられたことを、今も感謝しています。上洞での集会、ノアちゃんとの祈りの訪問、そして共に過ごした静かな時間。それらは、私にとっても忘れがたい恵みの記憶です。忠楠兄の信仰と忍耐そして感謝に満ちた最後の涙は、今も私の心に深く刻まれています。

🌿死は終わりではなく、帰ること

聖書は、死を「終わり」とは語りません。むしろ、「帰ること」として語ります。イエス様は、「わたしのいるところに、あなたがたもいることになる」と約束されました。それは、私たちのために用意された天のふるさとがあるということです。

忠楠兄は、そのふるさとへと帰られました。 そして今、私たちもまた、そのふるさとを

目指して歩んでいます。この地上の人生は、永遠の命に至る旅路の一部です。だからこそ私たちはこの人生を、希望をもって歩むことができるのです。



今を生きる私たちへの励まし

10年という歳月は、長いようでいて、振り返ればあっという間だったかもしれません。 けれども、その間に、私たちは多くのことを経験し、学び、祈り、支え合ってきました。

忠楠兄の生き方、信仰の姿勢、そして家族への深い愛は、今も私たちの心に生きています。 その証しは、消えることなく、次の世代へと受け継がれていくのです。ですから、

どうかこの記念の時を、ただ過去を懐かしむだけの時とせず、これからを生きる私達が、信仰と希望と愛に生きる決意を新たにする時とさせていただきましょう。

最後に、もう一度この御言葉を心に刻みます:

「イエスが死んで復活されたと、私達は信じています。 神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、 イエスと一緒に導き出してくださいます。」(4:14

この約束こそが、私達の慰めであり、希望であり、そしてどんな困難の中でも前を向いて生きる力となるのです。

 


祈祷

救い主イエス・キリストの父なる神様、 あなたの深い愛と真実に心から感謝いたします。

10年前、あなたの御手におゆだねした太田忠楠兄の信仰の歩みを、 今日こうしてご家族の皆さんと共に思い起こすことができる恵みをありがとうございます。

どうかご遺族お一人おひとりの上に、あなたの慰めと平安、そして新たな希望と力を豊かに注いでください。私たちもまた、忠楠兄のように、 主イエスを信じ、与えられた人生を感謝と愛をもって歩むことができますように。この祈りを、私たちの救い主、主イエス・キリストの御名によっておささげいたします。 アーメン。

 






嵐を越えて握り合う手

 


嵐を越えて握り合う手 ―― 二十四時間の旅路と、不条理を越える信仰

雨に濡れた滑走路、眠れない夜

五月三日、二十時。私は仙台空港を飛び立ち、大雨と嵐に揺れる関西へと向かいました。  関西空港の第二ターミナルに降り立ったのは、二十一時三十分。そこには建物へ続く連絡口はなく、吹き付ける嵐の中、滑走路を皆で走って移動するという、初めての経験をしました。シャトルバスと電車を乗り継ぎ、泉佐野のホテルへ。雨は止まず、体は冷え、八階の部屋にいても嵐の音が鳴り響く。そんな、ほとんど眠れない夜を過ごして、私は和歌山の御坊(ごぼう)を目指しました。


 


十年という歳月、変わらない眼差し

朝のバスと特急「くろしお」を乗り継ぎ、御坊駅に降り立つと、そこには十年前の葬儀以来となる娘さん夫婦が待っていてくれました。  御坊から目的地の上洞までは約二十五キロ。かつてノアちゃんと共に歩いたあの道を、懐かしく思い返しながら車窓から写真を撮り、山深い地へと向かいました。そこに待っていたのは、東京や大阪から集まった二十名の大家族でした。  三時間の記念会。共に礼拝をささげ、用意されたご馳走を囲み、ノアちゃんと歩いた日々の思い出を語り合う。最後には「わたしの葬儀も、先生にお願いします」  そう託された言葉の重みに、二十四時間の旅路をかけてここへ来た意味を、静かに噛み締めました。


 


離さなかった手のぬくもり

再び御坊駅に戻ると、そこには、かつての教会の長老夫妻(九十七歳と九十三歳)と、そのご家族が待っていました。 一三時三十分から一四時まで、駅の待合室で過ごした三十分間。二人は私の手を、最初から最後まで、ずっと握りしめて離しませんでした。

娘さんの突然の死、そして今も続く長年にわたる子供たちの病。 長年、想像を絶するような苦しい状況に追い込まれながらも、彼らがすべてを耐え抜くことができたのは、主イエス・キリストに対する揺るぎない信仰があったからでした。  「娘が亡くなった後も、父は黙々と、次の週の教会の説教看板を描き続けていたんです」  沖縄で牧師夫人をされている娘さんが、そう教えてくれました。不条理な悲しみの中でも、主への奉仕の手を止めない。  その九年間の歩みを、私は牧者として間近で見てきました。  いよいよ別れの時間になり、電車に乗り込む際も、二人はギリシャ神話の彫刻のように私の手を握りしめ、ついには隣の娘さんが無理に手を離さなければならないほどでした。  あの手の震えとぬくもりは、言葉を超えた「愛」そのものでした。


 


不条理の中の、確かな光

私たちの人生には、なぜこれほどまでの苦しみが続くのかと、天を仰ぎたくなる瞬間があります。大切な人の死、癒えない傷、そして襲いかかる嵐。  けれど、聖書はこう告げています。「神の国は、見える形では来ない。……実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカによる福音書 172021節)

神の国とは、どこか遠い場所にあるものではありません。  不条理を信仰によって耐え抜き、悲しみの中でも看板を描き続け、十年の歳月を超えて固く手を握り合う。その「関係」と「誠実さ」の中にこそ、神の国はすでに現れているのです。

嵐の夜も、別れの涙も、すべては主の計画の中にあります。  自分を理解してくれる誰かがいる。共に祈り続ける約束がある。それだけで、人は再び立ち上がり、前を向いて歩き出すことができるのです。


 


休足という、備え

仙台に戻り、丸二十四時間の旅を終えた今、心地よい疲れが私を包んでいます。今日のランニングは休むことにしました。それは、明日から始まる連日の三十キロラン、そして来週の成田での講演会という「次の山」へ向かうための、積極的な備えです。

あなたの今日が、たとえ嵐の中にあったとしても。  あなたの頑張りを誰も見ていないように思えても。  主は、あなたが誰かのために差し出したその手のぬくもりを、決して忘れません。今はただ、静かに目を閉じて、与えられた恵みを数えてみてください。  

そして、備えられた「明日」へと、ゆっくりと心を整えていきましょう。

今日も、共に前進です。

2026年5月2日土曜日

静けさが教えてくれること

 


🌬️ 静けさが教えてくれること――みやぎ霊園で立ち止まった言葉

強風の中で執り行われた納骨式

今日のみやぎ霊園は、強い風が吹き荒れていました。 その中で、恵みのうちに納骨式が執り行われました。風は強くても、 墓地そのものは驚くほど静かです。

騒ぐ声は聞こえません。 自己主張する人もいません。 憎む人も、傷つける言葉もありません。ただ、静けさだけがそこにありました。

 

なぜ人は叫ぶのか

墓地の静けさの中に立っていると、 ふと、こんな問いが胸に浮かびました。

「人は、なぜあれほど叫ぶのだろうか?」

怒り、主張、争い、嫉妬、 日常の中には、 心をざわつかせる声があふれています。

けれど、 過ぎ去ってしまえば、 その多くは驚くほど空しい。

みやぎ霊園に眠る人々の静けさは、 そのことを無言のまま教えてくれているようでした。

 

普遍的な真理――“口数少なく生きるという知恵

聖書にはこうあります。

「静かにしていることを学びなさい。」(テサロニケ4:11

静けさは弱さではありません。 むしろ、 静けさは強さであり、知恵であり、愛のかたちです。声を荒げるより、 言葉を積み重ねるより、 静かに、誠実に、 目の前の人を大切にすること。それが、 人生を豊かにする道なのだと 霊園の風がそっと教えてくれました。

 

結び――静けさの中で今日を歩む

強風の中での納骨式。 その後に訪れた、深い静けさ。

人生の終わりの場所に立つと、 「本当に大切なもの」が 驚くほどシンプルに見えてきます。叫ばなくていい。争わなくていい。 静かに、誠実に、今日という一日を歩めばいい。


旅立つ知らせが届く

 


🌱 旅立ちの春に訪れた知らせ――喜びを分かち合うという恵み

朝に届いた「合格」の知らせ

今朝、娘の就職先から合格の連絡が届きました。 胸の奥から自然と「感謝」という言葉がこぼれました。これで来年の3月には、 娘は確実に仙台を離れることになります。 残るは国家試験のみ。 その道のりを思うと、 今日のこの知らせは、 まるで春の光が差し込むような一歩でした。妻と娘は、二人で合格祝いのランチに行くと言います。 仙台の店まで送ることにしました。 私は納骨式の準備があるため一緒には行けませんが、 同じ喜びの中に立っていることを思うと、 それだけで心が満たされました。

 


喜びの裏にある、静かな別れの予感

合格の知らせは嬉しいものです。 しかし同時に、 「来年には仙台を離れる」という現実も そっと心に触れてきます。親としての喜びと、 旅立ちを見送る寂しさ。(この際、私たちも関東地域に行こうか?ここに9年もいたし、前も9年だったので、と妻に話す。) その二つが同時に胸に宿るのは、 きっと多くの家庭が経験することなのでしょう。人生には、 嬉しさと寂しさが同じ器に入って届く瞬間があります。 今日の知らせは、まさにそのような時間でした。

 


普遍的な真理――“共に喜ぶという愛のかたち

聖書にはこうあります。

「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」(ローマ12:15

家族の喜びを共に喜ぶこと。 それは、 愛のもっともシンプルで、 もっとも深いかたちです。私はランチには同行できません。 けれど、 同じ喜びの空気を吸い、 同じ感謝の思いを抱いている。 それだけで十分なのだと感じました。

 


今日も、共に歩む

娘の合格。 妻と娘の笑顔。 そして、私は納骨式の準備へ向かう。

それぞれが違う場所にいても、 同じ家族として、 同じ喜びを分かち合っている。

人生は、 こうした小さな共にの積み重ねで 静かに形づくられていくのだと思います。

今日も、共に前進です。

ドイツからアメリカ軍5000人を撤退させる?

 


🌍 アメリカ軍がヨーロッパから撤退するということ――世界の柱が動くとき

「軍の移動」ではなく、「大黒柱が抜ける」という出来事

最近、アメリカがドイツから5000人の兵力を撤退させるというニュースが流れています。 イタリアやスペインからの撤退も話題になっていますが、 日本ではその意味が十分に理解されていないことが多いように感じます。

ヨーロッパからのアメリカ軍撤退とは、 単なる引っ越しではありません。

第二次世界大戦後、欧州の平和を支えてきた大黒柱が動く。 その衝撃は、想像以上に大きいのです。

■ 1. 安全保障のリスク――「抑止力の空白」が生まれる

最も深刻なのは、ロシアに対する抑止力の低下です。

  • バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)
  • ポーランド

これらの国々にとって、米軍の駐留は 「ロシアが攻めてきたら、アメリカも巻き込まれる」という トリップワイヤー(仕掛け線)の役割を果たしてきました。

米軍がいなくなるということは、 ロシアが軍事的挑発やサイバー攻撃を仕掛けやすくなるということです。さらに、 欧州はアメリカの「核の傘」に守られてきました。 その信頼が揺らぐと、 「ヨーロッパは自分たちで核武装すべきか?」 という議論が再燃する可能性があります。

■ 2. 経済的リスク――“おんぶにだっこのツケが回る

アメリカ軍が担ってきた役割を自国で補うには、 莫大な防衛費が必要になります。

  • 国防費の急増
  • 福祉・教育・インフラ予算の圧迫
  • 米軍基地に依存してきた地域経済の衰退(特にドイツ)

「平和はタダではない」という現実が、 ヨーロッパに重くのしかかります。

 ■ 3. 地政学的リスク――“外敵がいなくなると、内側が割れる

アメリカという共通の守り手がいなくなると、 EU内部の温度差が一気に表面化します。

  • ロシアを脅威と見る東欧
  • 対話や経済関係を重視する西欧(ドイツ・フランス)

この溝が深まれば、 EUNATOの結束が揺らぎ、 ヨーロッパ全体が不安定化する可能性があります。

 

■ 4. 国ごとのリスク――それぞれの痛点

国によって抱えるリスクは異なります。

  • バルト三国:地理的に脆弱。数日で制圧される可能性が指摘されている。
  • ポーランド:歴史的な対露不信。唯一の盾を失う。
  • ドイツ:欧州の兵站拠点としての地位が揺らぐ。軍事力不足が露呈。
  • フランス:欧州主導のチャンスだが、負担増で国内の反発が強まる。

 

結論――欧州は「自分の足で立つ」準備ができているのか

アメリカ軍の撤退は、 ヨーロッパに対して 「もう自分たちで立ちなさい」 と迫る荒療治のようなものです。それが欧州の自立を促す契機になる可能性もあります。 しかし、準備が整う前に柱が抜かれれば、 大陸全体が不安定化の渦に巻き込まれる危険もあります。

いま、 「平和を望むなら、戦争に備えよ」 という古い格言が、 かつてない重みを持ち始めています。世界は静かに、大きく動いています。 その変化を見逃さず、 私たちもまた「世界の構造」を理解しながら歩む必要があるのだと思います。

しかし、こうして世界の安全保障について考えていると、 ふと気づかされることがあります。私たちにとって本当に切実なのは、 世界の平和よりも、まずは家庭の平和ではないか。小さな群れである家庭さえ平和に保つことが難しいのに、 世界が平和にならないのは、ある意味で当然なのかもしれません。

だからこそ、 今日も自分の足元―― 家族、隣人、そして自分自身の心に 小さな平和をつくり出すことを大切にしたいと思います。

平和には、 時に小さな犠牲や譲り合いが必要になることもあります。 それでも、 その一歩が確かに未来を変えていくと信じて。

今日も平和に過ごしましょう。 そして、そのための一歩を共に担って歩むことです。

向かい風の中で見つけた一歩

 


🌬️ 向かい風の中で見つけた一歩――止まらないという力

雨上がりの朝、強風のランニング

雨が上がった今朝、5時ごろにランニングへ出かけました。 空気は澄んでいましたが、強い風が吹きつけ、 向かい風の中では前に進むのがやっとでした。

それでも、脚を止めない限り、 どれほどゆっくりでも前に進むことができます。 だから私は止まらず、ただ前へ、前へと走り続けました。

市内を駆け抜け、 最後は田んぼ道を走って帰宅。 気温が上がり、汗が噴き出すような暑さの中、 31キロを完走しました。

少し疲れを感じながらも、 「今日の納骨式が午後で良かった」と 静かに思える朝でした。 午前中に少し体を休める時間が与えられているからです。

 


向かい風の人生で、私たちはどう歩くのか

向かい風のランニングは、 人生そのもののようでした。

前に進めないように感じる日。 思い通りにならない状況。 心が折れそうになる瞬間。

それでも、 止まらない限り、私たちは前に進んでいる。

スピードは問題ではありません。 歩幅の大きさも関係ありません。 ただ「止まらない」という選択が、 人生を確実に前へと運んでくれます。

 


普遍的な真理――弱さの中で働く力

聖書はこう語ります。

「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れる。」(コリント12:9

向かい風の中で進む一歩は、 追い風の中で走る十歩よりも、 深い意味を持つことがあります。弱さを感じるときこそ、 主の力が働く余白が生まれる。 そのことを、 今朝の風が静かに教えてくれました。

 


結び ―― 今日も、共に生きる

雨上がりの朝、 強風の中で走りながら、 私は今日という一日の始まりを受け取りました。納骨式に向かう前の静かな時間。 ノアとの散歩。 新しい一日を迎える祈り。

どれもが、 「今日も共に生きる」という 小さくて大きな恵みにつながっています。

今日も、共に前進です。