🌅 見えない道を走る朝に
今朝は、まだ街が眠りについている4時ごろに走り始めました。 少し冷たい空気が頬をかすめ、東の空がわずかに白み始めるころ、市内を抜け、東高校の田んぼ道へと足を進めました。 30キロ完走。足は少し重かったけれど、初めての感覚ではありません。 走り続けていると、身体が静かに前へと押し出してくれる瞬間があります。
けれど、走れば必ず何とかなる──そんな日ばかりではありません。 どれだけ祈っても、どれだけ努力しても、思い通りにいかない現実がある。
それが、この世界の不条理であり、私たちが避けて通れない“重さ”でもあります。五月の予定表を見れば、2日から31日までぎっしり。 和歌山、成田、静岡……飛行機や新幹線を乗り継ぎながらの移動が続きます。
忙しさに押し流されそうになる日もあるでしょう。 それでも、心のどこかでふっと思うのです。 「忙しいということは、生きているという証拠だ」と。
まだ暗い道を一歩ずつ踏みしめながら、
「今日もあなたが共にいてください」と主に委ねていく。聖書はこう語ります。
「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。」(詩篇37:5)
見えない道でも、足元が不安定でも、 主にゆだねるとき、私たちは“自分の力以上の力”で前へ進むことができます。 夜明け前のランナーが、光を信じて走り続けるように。
昨日も触れたように、四月が終われば、青葉が輝く五月がやってきます。 けれど今年も、夏のような暑さが早く訪れることでしょう。 その猛暑をどう乗り越えるか──それもまた、これからの課題です。それでも、今日という一日を精一杯に生きる。 見えない道を、主に委ねながら歩む。 その積み重ねが、やがて確かな光へとつながっていきます。
今日も、前進です。

