航路を照らす「約束の地」 ―― 空港の空に見上げる、人生の目的地
滑走路から解き放たれる、鉄の翼たち
ホテル日航成田の窓から外を眺めれば、そこには絶え間なく空へと吸い込まれていく飛行機たちの姿があります。成田国際空港。ここから毎日、数えきれないほどの機体が地を蹴り、雲を越えて飛び立っていきます。
ふと考えました。これらの飛行機の中に、目的地を定めずに飛び立つ機体は一台でもあるだろうか、と。答えは否です。すべての機体は、緻密に計算された航路と明確な目的地を持って離陸します。そしてそこに乗り込む人々もまた、例外なく「目的地の記された切符」を手に、その座席に身を委ねているのです。
「どこへ向かうか」を忘れた旅路
空の旅においてはこれほど明白なルールが、私たちの「人生」という長い旅程においては、不思議なほど曖昧になってしまうことがあります。
私たちは、人生という名の飛行機にすでに乗り込み、エンジンを始動させています。しかし、驚くほど多くの方々が、自分がどこへ向かっているのかという目的を持たぬまま、ただ高度を維持することだけに必死になっています。あるいは、かつては輝かしい目的地の切符を握りしめていたはずなのに、途中で襲ってきた嵐や深い霧の中で、その行き先を見失い、迷い続けている方もいるのかもしれません。「何のために、今日を生きるのか」。
その問いが空白のままでは、どれほど高く飛べたとしても、それは漂流と同じになってしまいます。
羅針盤が指し示す「永遠の約束」
飛行機が霧の中でも迷わずに飛べるのは、地上からの誘導と、確かな計器があるからです。私たちの人生の旅路においても、迷いから救い出してくれる「確かな声」が必要です。聖書は、私たちが人生の目的地を思い出すための言葉を届けてくれています。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対している計画はわたしが知っている。それは災を与えようとするものではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来と希望を与えようとするものである。」(エレミヤ書 29章11節)
私たちが目的地を失ったように感じるときでも、管制塔にいる神様は、私たちの航路を一度も見失ってはいません。私たちの人生の切符には、単なる「終着点」としての死ではなく、その先にある「希望」と「平安」という目的地が、神様の手によってすでに書き込まれているのです。
今日、自分の「切符」を確認する
あなたは今、どのような想いで人生の空を飛んでいますか。もし、自分がどこへ向かっているのか分からず、ただ燃料を消費することに疲れているのなら、一度、手元にある「約束の言葉」を読み返してみてください。
- 再確認: 自分の成功ではなく、誰かの喜びのために飛んでいるか。
- 信頼: 視界が遮られても、導き手である主を信じて操縦桿を握る。
- 希望: 目的地があるからこそ、途中の揺れを耐え忍ぶことができる。
人生という飛行機は、迷うために飛ばされているのではありません。必ずあなたを待っている場所があり、あなたを歓迎してくれる目的地があるのです。
確かな航路を、堂々と
セミナーの最終日を迎え、私は今日、自分の講演を通じてこの集いの「締めくくり」を担います。私もまた、語るべき言葉と届けるべき目的地を持って、壇上という滑走路に立ちます。あなたの一日も、決して無目的ではありません。たとえ小さな一歩であっても、それが愛と希望に向かっているならば、それは正しい航路です。さあ、あなたの手にある切符をもう一度強く握りしめて。目的地の向こう側で待っている光を見つめながら、今日を歩みだしましょう。
今日も、共に前進です。








