十五年目の鼓動 ―― 和歌山から石巻、そして三十二キロの祈り
三月十一日の朝。 仙台の冷たい空気の中、私は一歩を踏み出しました。 今日、私が走ったのは三十二キロ。震災から十五年という歳月を、自らの鼓動と足音で刻み直すための距離です。走りながら、私の心は十四年前の景色へと飛んでいました。
和歌山から石巻へ ―― 往復を重ねた「命の道」
震災の翌年からの一年間、私は和歌山県の御坊(ごぼう)から、月に一度、一週間ずつ石巻のボランティア活動に通っていました。 紀伊半島の端から、東北の被災地へ。
気がつけば、その回数は十三回を数えていました。
当時の石巻の光景、泥の匂い、そしてそこで出会った人々の震える手。 あの時、共に汗を流し、共に祈った時間は、今の私の牧師としての、そして一人の人間としての骨組みとなっています。
「もう十五年」という人もいます。 しかし、現場に立ち続け、人々の心の奥底に触れてきた者として、私は知っています。 **「十五年経っても、消えない悲しみがある」**ということを。
消えない寂しさ、共に歩む痛み
愛する家族を失った寂しさ、あの日から止まったままの時計の針。 それらは時間が解決してくれるような、単純なものではありません。 「時間が薬になる」という言葉は、時に残酷です。十五年が過ぎても、ふとした瞬間に襲ってくる孤独や、会いたいという切実な願いは、少しも色褪せることがないからです。
しかし、今日の三十二キロの走りが私に教えてくれたことがあります。
悲しみは、消すためにあるのではない。 その悲しみを抱えたまま、共に生きていくためにあるのだ、と。
三十二キロを走り抜くとき、身体は悲鳴を上げ、心は折れそうになります。 けれど、その苦しさの先にしか見えない光があります。私たちの人生も同じではないでしょうか。癒えない傷を抱え、重い足取りで進むその背中を、主は「よく頑張っているね」と、一歩一歩見守っておられます。
「祈り」という名の完走
私が今日走った三十二キロは、単なる運動ではありません。 石巻で出会った人々、今も仮設住宅や新しい家で寂しさと戦っている方々、そして天に召された多くの魂への**「身体を通した祈り」**です。
十五年前の瓦礫は片付いても、心の瓦礫を整理するには、まだまだ時間が必要です。 もしかすると、一生終わらない作業かもしれません。 でも、それでいいのです。神様は、私たちが「強く、明るく」あることだけを求めているのではありません。
泣きながら、震えながら、それでも今日という日を精一杯生きようとする、その「弱さの中にある誠実さ」をこそ、主は祝福してくださいます。
光の射す方へ
和歌山から石巻へ通ったあの日の情熱を、私は忘れません。 そして、仙台というこの地で、皆さんと共に歩んでいる今の使命を、改めて深く噛み締めています。
家族を失った悲しみは、裏返せば、それだけ深く愛したという「愛の証」でもあります。 その愛がある限り、私たちは独りではありません。
十五年目の今日、新しいシューズの紐を締め直し、また明日への一歩を踏み出しましょう。
主の柔らかな慰めが、今も涙を流すお一人おひとりの頬を拭ってくださいますように。
今日も、前進です。
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