デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年6月7日日曜日

仙台で静岡を走る?

 


5時の西公園を吹き抜けた、駿河湾の潮風 ―― 「与えられた命」を今日、悔いなく生ききる

仙台のアスファルトと、記憶の中の海

5時。まだ深い静寂に包まれた街へ歩みを進め、今日は西公園コースへと走り出しました。リズミカルに大地を蹴り、合計23キロの道のりを駆け抜けました。足の裏には確かに仙台のアスファルトの硬さを感じ、肺には東北のひんやりとした空気を吸い込んでいるのに、不思議なことに、私の頭の中は完全に別の場所を走っていました。

 


距離と時間を飛び越える「心」の豊かさ

頭の中に広がっていたのは、ちょうど一週間前に走った、静岡の市街地と駿河湾の海沿いの景色でした。どこまでも広がる大きな空、富士山、キラキラと光る波頭、そして頬を撫でたあの日の潮風の記憶が、鮮やかに蘇ってきました。仙台を走っているのに、心は静岡を走っている。その奇妙で心地よい感覚を味わいながら、私は人間の持つ「記憶」というものの豊かさに深く思いを巡らせました。

私たちの身体は、物理的に「今ここ」に縛られています。しかし、内なる魂や心は、時間も空間も飛び越えて、自由にあの日の風を感じ、光を思い出すことができるのです。過去の美しい記憶は決して消え去ることはなく、こうして「今の自分」を前へと推し進める確かなエネルギーに変わります。

 


すべては「与えられた命」であること

走り終え、汗を流して身支度を整えます。今日は日曜日。主の日の礼拝があり、その後には長老会をはじめとする大切な教会の務めが控えています。

聖日を迎える静かな朝、深く息を吸い込んだとき、私の胸の奥底から一つの揺るぎない事実が静かに湧き上がってきました。

「この命は、神様によって与えられた命である」

私たちはつい、自分の足で走り、自分の力で生きていると錯覚してしまいます。しかし、あの駿河湾の潮風を感じる心も、今日23キロを走り抜いた健やかな身体も、そして礼拝へと向かう今の呼吸すらも、すべては天地を造られた方から「プレゼントされたもの」に過ぎません。 自分の命が「自分の所有物」ではなく、愛する方から「お預かりしている尊い贈り物」だと気づいた時、私たちの人生に対する姿勢は根本から変わります。

 


今日という真っ白な一日へ

神様から命というバトンを手渡された私たちができる最大の恩返しは、何でしょうか。それは、「与えられた命を大事にしながら、悔いのない今日の一日を過ごすこと」です。

  • 過去の美しい記憶に感謝し、それを今日の力に変えること。
  • 見えない明日に不安を抱くのではなく、目の前にある「今」に全力を注ぐこと。
  • 今日、自分に与えられた役割(奉仕)を、心を込めて全うすること。

あなたの今日という一日もまた、誰かから手渡された奇跡のような贈り物です。どうかその命の温もりを大切に抱きしめながら、あなただけの真っ白なキャンバスに、悔いのない足跡を刻んでください。



今日も、共に前進です。

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