「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書 6:34)
今日という日は、今日の太陽とともに始まり、明日という日は、明日の太陽とともにやってきます。
私たちは、今日の失敗や嫌な出来事、憤り、不安、悩みを、つい引きずってしまいがちです。しかし、それらを今晩の寝室にまで持ち込むのではなく、今日の「火葬場」に運んで完全に燃やしてしまいましょう。灰にして空に飛ばし、跡形もなく消してしまうのです。
私にとって、その「火葬場」とは、主なる神様への祈りの場です。祈りを通じて、心の中に溜まった重荷を神様に委ね、浄化する時間を持つことで、心が軽くなり、新しい一日を迎える準備が整います。しかし、皆さんにとっては、この「火葬場」はどのような場になるでしょうか?それは、必ずしも宗教的なものである必要はありません。たとえば、静かに瞑想する時間、日記に思いを綴るひととき、あるいは自然の中を散歩する時間など、自分の心を解放し、過去の重荷を手放すための場を持つことができるでしょう。
私たち人間は、過去のこと、特に失敗したことを簡単には忘れられない性質を持っています。それが時に成長の糧となる一方で、心の中に溜まり続けると、前に進む力を奪ってしまうこともあります。だからこそ、自分なりの「火葬場」を持つことが大切です。そこでは、過去の出来事を燃やし、灰にして、心を軽くすることができます。
今日の重荷は、今日のうちに燃やしてしまいましょう。そして、明日は新しい太陽とともに、軽やかな心で迎えましょう。
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