どんよりとした雲が空を覆う、静かな朝。今日の相棒はこの空模様と同じく、少しだけ重たい脚だ。それでも、一歩、また一歩とアスファルトを蹴り出す。今日のノルマは20キロ。走り出しはいつも少し憂鬱で、「今日は10キロでやめようかな」なんて、心の中の弱い自分がささやきかける。
でも、5キロを過ぎたあたりから、不思議と身体が軽くなってくる。まるでエンジンがあったまってきたみたいに。そして、ここからが僕にとっての「魔法の時間」の始まりだ。
ランニングの魅力って、汗をかく爽快感や、健康への投資だけじゃない。僕にとっては、頭の中を整理整頓するための、最高の「ひとり会議」の時間なのだ。
走りながら考えることなんて、だいたいは他愛もないことだ。昨日の礼拝のこと、今晩の献立のこと。でも、長い距離を走っていると、思考はもっと深い場所へと潜っていく。
ふと、思う。一歩この家から外に出れば、そこは大小さまざまな戦いの連続だ、と。
もちろん、本当に武器を持って戦うわけじゃない(当たり前だ)。でも、人との関わりは、時に心をすり減らす。考え方や信じているものが全く違う人と「共に生きる」って、本当に美しいことなのだろうか。時として、それは苦痛を伴わないだろうか。役所の窓口の人、毎日クレームの電話を受ける人、患者さんの命を預かる看護師さん。人の想いを真正面から受け止める仕事をしている人たちのことを思うと、頭が下がる。本当に、すごい。
「その点、創作活動(?)は気楽でいいよね」なんて言われることもあるけれど、いやいや、生み出す苦しみだって相当なものだ。結局のところ、どんな立場であれ、人はこの世に生まれた瞬間から、何かしらの「苦難」と共に歩き出すのかもしれない。
…なんて、壮大なことを考えているうちに、15キロ地点を通過。
そんな「戦場」のような社会を必死にサバイブして、自分の巣に帰る。午後は妻をバイト先へ送り、帰りにスーパーで買い物をした。今日の夕食は、冷凍庫にあったシシャモを焼こう。あとは、冷蔵庫の残り物で2、3品作れば完璧だ。掃除をして、仕事の残りを片付けて…。
そんな、なんてことのない日常。でも、この家の中は、僕にとって最高に「平和」な場所だ。なぜかって?当たり前だ。基本、僕一人だから。静かで、誰に気を遣うこともなく、自分のペースですべてが進んでいく。
この平和を、心から「感謝」できるのは、きっと朝のランニングで、外の「戦場」を走り抜け、自分の心の中のゴチャゴチャと向き合っているからだろう。
走り終えてシャワーを浴び、少し疲れた身体で飲む一杯の水が、この世で一番美味しい。大変な人生、簡単じゃない毎日。それでも、朝早く起きて走り、考え、日常に戻っていく。そうやって、みんな必死に今日を生き抜いている。それって、めちゃくちゃ偉いことじゃないか。本当に、本当に、偉いと思う。
曇り空の下の20キロは、僕にそんな当たり前の、だけど大切なことを再確認させてくれた。さあ、今日も最後まで、頑張りますか。あなたも、僕も、本当に偉いのだから。
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