古都・鎌倉の片隅に、ひっそりと佇む一軒のお店があります。その名は「ツバキ文具店」。表向きは万年筆や便箋を売る普通の文房具屋さんですが、その本当の顔は、手紙の代書を請け負う「代書屋」です。主人公の雨宮鳩子(通称ポッポちゃん)は、この店の11代目。厳格な先代であった祖母との確執から一度は故郷を飛び出した彼女が、8年ぶりに鎌倉へ戻り、不本意ながらもこの稼業を継ぐところから物語は始まります。
代書屋に舞い込む依頼は、実にさまざま。絶縁を告げる手紙、借金を断る手紙、亡き夫へ宛てた天国への手紙、そして、大切な友人への初めての恋文まで。依頼人たちは、うまく言葉にできない想いを胸に、ツバキ文具店の暖簾をくぐります。
鳩子の仕事は、ただ言われた言葉を書き写すことではありません。依頼人の生い立ちや人柄、伝えたい相手との関係性を深く深く聞き出し、その人の「声」そのものになること。そのために、万年筆、ガラスペン、筆といった筆記用具から、紙の質感、インクの色、切手の一枚に至るまで、想いを最も的確に表現できる組み合わせを、まるで処方箋を作るように選び抜きます。その姿は、まさに言葉の職人です。
最初は反発していた仕事を通じて、鳩子は多くの人生に触れていきます。そして、厳しく自分を育てた祖母が、この仕事にどれほどの誇りと愛情を注いでいたのかを、少しずつ理解し始めます。鎌倉の温かいご近所さんたちとの交流の中で、孤独だった彼女の心もゆっくりと解きほぐされていくのでした。
この物語は、手書きの文字が持つ温かさと、言葉を尽くして誰かに想いを伝えることの尊さを、優しく教えてくれます。デジタルでは伝わらない心の機微が、一文字一文字に込められていく、美しくて美味しい、鎌倉の四季を巡る物語です。
【キリスト教的視点からの黙想】
この物語で描かれる「代書」の仕事は、キリスト教における「執り成し(とりなし)」の祈りの姿と、美しく重なります。鳩子は、依頼人の言葉にならない想いを丁寧に汲み取り、その人に成り代わって心を届けます。それは、他者の痛みや喜びに深く共感し、その人のために神様へと言葉を紡ぐ「執り成しの祈り」の本質そのものです。私たちは誰かのために祈る時、鳩子のように、その人の魂の声に真摯に耳を傾けているでしょうか。この本は、愛をもって人に仕えることの尊さを教えてくれます。
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