関税の次は何?

 

 

ポスト関税時代の羅針盤:次に世界が直面する4つのメガトレンド

現在、世界経済を揺るがす最大の変数である米国の関税問題ですが、仮にこの緊張が緩和された場合、世界の関心はどこへ向かうのでしょうか。貿易摩擦という一つの大きな不確実性が後退したとしても、世界が安定期に入るわけではありません。むしろ、これまでその影に隠れていた、より構造的で複雑な課題群が世界の中心的なアジェンダとして浮上してくるでしょう。

 

本稿では、関税問題の次に注目されると予測される4つの主要な世界的トピック――①為替・金融市場の構造変化、新たな地政学リスクと国際貿易の変容、エネルギー・環境問題の先鋭化、テクノロジーによる社会・経済のパラダイムシフト――を、具体的な根拠と共に分析し、2026年以降の未来を展望します。

 

1. 為替・金融市場:政策の不確実性がもたらす新たな波乱

関税問題の解消は、市場のリスクセンチメントを一時的に改善させるかもしれませんが、金融市場の根底にある構造的な力学を変えるものではありません。むしろ、各国の金融政策の方向性の違いと、米国の国内政策が新たな波乱要因として顕在化します。

 

為替市場の新たな均衡点

関税撤廃による貿易量の回復期待は、短期的にはリスクオンムードを高め、ドル安要因となり得ます。しかし、中長期的な為替動向を決定づけるのは、主要中央銀行の金融政策の方向性です。アクサ・インベストメント・マネジャーズの分析によれば、米国の新政権下(と仮定)では、国内のインフレが高止まりする可能性があり、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ余地は著しく制限されると予測されています 。一方で、欧州中央銀行(ECB)は金融緩和を続けると見られており、この日米欧の金融政策の「非対称性」が拡大することで、ユーロ高・ドル安基調が強まる可能性があります 。日本の円相場についても、日銀が緩やかな金融引き締めを続ける一方で、FRBがいずれ利下げに転じるとの観測から、長期的には円高方向への圧力が増すと予想されています 。  

 

金融市場の次なるリスク:米国の財政赤字

貿易摩擦の緩和は世界経済にとって朗報ですが、市場の目は次に米国の国内財政へと向けられます。もし大規模な減税政策が実行されれば、米国の財政赤字はGDP比で危険な水準まで拡大し、米国債の格付けや信頼性に影響を与えかねません 。米議会予算局(CBO)は、現状でも米国の債務がGDP比で拡大し続けると予測しており、追加の財政出動はこのリスクをさらに高めます 。市場がこの「財政リスク」を織り込み始めると、米国債の利回りが上昇し、世界的な借り入れコストの増加につながります。これは特に、ドル建て債務を多く抱える新興国経済にとって大きな打撃となり、新たな金融不安の火種となる可能性があります 。  

 

2. 国際貿易と地政学:デカップリングの深化と多極化する世界

関税問題が特定の二国間で解決されたとしても、グローバルな協力体制が復活するわけではありません。むしろ、対立の構図はより複雑化し、新たな火種が生まれる可能性があります。

 

「ポスト関税」時代の貿易戦争

米中間の対立は、単なる貿易不均衡の問題ではなく、先端技術の覇権と安全保障を巡る長期的な競争です。したがって、関税問題が一時的に沈静化しても、半導体やAI、量子コンピューティングといった戦略的技術分野における輸出規制や投資制限、いわゆる「技術デカップリング」は継続・強化されるでしょう 。また、米国の保護主義的な政策が、貿易黒字を持つ他の同盟国やパートナー国へと矛先を向ける可能性も否定できず、貿易摩擦の火種は常にくすぶり続けることになります 。  

 

再燃・先鋭化する地政学リスク

 

欧州: 米国の外交政策の転換は、ウクライナ情勢に大きな影響を与えます。もし米国が紛争の早期終結を優先し、ロシアに有利な形での「強制的な和解」を迫るようなことがあれば、欧州の安全保障秩序は根底から揺らぎます。その結果、欧州各国は自国防衛のためのさらなる財政負担を強いられる可能性があります 。  

 

中東: 米国がイランに対して再び「最大限の圧力」をかける政策に回帰すれば、地域の緊張は一気に高まります。米国のエネルギー自給率向上を背景に、中東情勢への関与を低下させ、地域の不安定化を傍観するシナリオも考えられます 。  

 

インド太平洋: 米国の内向き志向が強まるリスクに備え、日本は独自の安全保障能力の強化を加速させています。防衛費をGDP2%水準へ引き上げる計画や、長射程の「反撃能力」の配備計画(2026年開始予定)はその表れです 。同時に、日米豪印の枠組み(Quad)やオーストラリアとの連携を深めることで、米国一辺倒ではない多層的な安全保障ネットワークの構築を急いでいます 。  

 

3. 環境・エネルギー:脱炭素とエネルギー安全保障のジレンマ

気候変動対策は世界共通の課題ですが、そのアプローチは各国のエネルギー事情や産業構造によって大きく異なります。関税問題が落ち着けば、このエネルギーを巡る国家間の競争と協調が新たな焦点となります。

 

AIが変えるエネルギー需給の未来

これまで世界のエネルギー政策は「脱炭素」を軸に議論されてきましたが、今、AIの爆発的な普及がその前提を覆そうとしています。AIの学習や運用に必要なデータセンターは膨大な電力を消費するため、世界的に電力需要が急増しています 。この「AI電力需要」を満たすため、日本やフランスなどでは、安定供給が可能で二酸化炭素を排出しない原子力発電を再評価し、最大限活用する動きが本格化しています 。エネルギー安全保障と脱炭素、そしてデジタル経済の成長という三つの目標をいかに両立させるか、という「エネルギー・トライレンマ」が各国の最重要政策課題となるでしょう。  

 

GX(グリーン・トランスフォーメーション)の本格化

GXは、単なる環境対策から、次世代の産業競争力を創出するための経済成長戦略へとその意味合いを強めています 。日本政府は「GX経済移行債」の発行を通じて10年間で150兆円規模の官民投資を誘発する計画を進めており、  

 

2026年度からは排出量取引制度の本格稼働も予定されています 。これにより、企業の脱炭素への取り組みがコストではなく、新たな付加価値を生む源泉となり、カーボンプライシングが企業の競争力を直接左右する時代が到来します。また、資源の有効活用を目指す循環型経済(サーキュラーエコノミー)への移行も、経済安全保障の観点から重要性を増していきます 。  

 

4. テクノロジー:AIが加速させる社会・経済のパラダイムシフト

テクノロジー、特にAIの進化は、もはや一つの産業分野の変化にとどまらず、社会全体のルールや価値観を根底から変える力を持っています。

 

AI覇権と新たなルール形成

生成AIの進化は、半導体市場に継続的な活況をもたらす一方で 、深刻な社会的課題も突きつけています。その一つが、AIを巡る国際的なルール作りです。**20265月から全面的に適用が開始されるEUの「AI法」**は、世界初の包括的なAI規制法として、グローバルスタンダードとなる可能性があります 。これにより、EU域内でサービスを提供する日本企業も、AIのリスク管理や透明性の確保といった厳しい要求への対応を迫られます。また、AIによる著作権侵害や、偽情報の生成といった法的・倫理的な問題も、社会全体で向き合うべき喫緊の課題となるでしょう 。  

 

Web3.0とメタバース経済圏の勃興

ブロックチェーン技術を基盤とするWeb3.0や、仮想空間であるメタバースは、単なるエンターテインメントの域を超え、新たな経済圏を形成しつつあります。日本の国内メタバース市場は、2026年度には約1兆円規模にまで成長すると予測されており 、デジタル空間での商取引やコミュニケーションが日常に溶け込んでいきます。日本政府もこの分野を新たな成長の柱と位置づけ、暗号資産への課税見直しなどを通じて、企業の投資やイノベーションを後押しする姿勢を見せています 。  

 

結論

米国の関税問題という大きな嵐が過ぎ去ったとしても、世界の海が穏やかになるわけではありません。むしろ、地政学的な断片化、エネルギー安全保障と脱炭素の両立、そしてAIがもたらす技術的・社会的大変革という、より構造的で根深い潮流が、2026年以降の世界を定義する主要なテーマとして浮かび上がってきます。これらのメガトレンドは、それぞれが独立しているのではなく、相互に複雑に影響を及ぼし合います。この変化の本質を深く理解し、複合的な視点から柔軟に対応していく戦略こそが、不確実性の時代を航行するための不可欠な羅針盤となるでしょう。

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