雨のち晴れ、心は快晴。30キロの道と一杯のコーヒーが教えてくれたこと
今朝、世界は静かな雨と曇りのヴェールに包まれていました。そんな穏やかな空気の中を、僕は駆け抜けていました。今日の相棒は、自分の足と呼吸のリズムだけ。気づけば、ゴールは30.59キロの彼方でした。
雨粒に洗われた街は、まるで僕だけのために用意された特別な舞台のよう。今日もまた、知らない道へとハンドルを切り、角を曲がるたびに「この先はどうなっているんだろう?」と胸を躍らせる。走るたびに、この街の地図が、血管のように僕の身体に流れ込んでくる感覚。30キロも走ると、大通りから名もなき路地裏まで、街の息づかいが手に取るようにわかるようになります。地元の人さえ知らない秘密の抜け道を見つけた瞬間なんて、まるで街と二人きりで秘密の会話を交わしているようで、最高の気分なんです。
息を切らして家に帰り着くと、そこからは土曜の朝の心地よいルーティンが待っています。妻はバイトの時間。洗濯機を回し、部屋に掃除機をかける。今日は娘の学園祭の日。キラキラした笑顔を駅まで送り届け、「いってらっしゃい!」と手を振る。その背中を見送る時間もまた、父親としての幸せなひとときです。
家とは、家族みんなが暮らす平和な港。戦う場所ではない、心から安らげる聖域(サンクチュアリ)です。外の世界がどんなに嵐でも、この港に帰ってくれば、誰もが心と体を休め、明日へのエネルギーを充電できる。だから、この場所を最高に心地よい空間に保つのは、誰か一人の「役割」ではなく、家族みんなで奏でるハーモニーのようなもの。もちろん、心底疲れて何もできない日もあります。そんな時は、他の誰かがそっとメロディーを引き継げばいい。そこにあるのはルールではなく、「思いやり」という名の愛です。
「今日は休みたいな」なんて思う日も、もちろんあります。でも、ピカピカの床で家族が笑っている姿を想像すると、自然と体が動いてしまう。その笑顔が、僕にとって最高のエネルギーになるのですから。
家事を終え、ようやく訪れた自分だけの時間。今日は少し元気がなくて心配していた愛犬のノアにリンゴを一切れあげると、シャクシャクと美味しそうに食べてくれました。その音を聞くだけで、心がふわりと軽くなる。ああ、よかった。
雨と曇りの日には、美味しいエスプレッソと、心に染みるジャズがよく似合います。今日はチョコレートの用意はないけれど、湯気の立つコーヒーを片手にソファに深く腰掛ける。流れるサックスの音色に耳を澄ませば、今日一日の出来事が愛おしい記憶に変わっていきます。今日も、走った。家族のために働き、そして、自分自身の人生を生きた。
そんな、満ち足りた午前中でした。あなたの今日が、こんな風にささやかで、温かい幸せに包まれていますように。明日は召天者礼拝と墓前礼拝の日。やはり休めない・・・・・・
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