選挙

 


選挙の季節が近づき、街にさまざまな「主張」が溢れるようになると、どうしても自分とは異なる意見に対して心がトゲトゲしてしまうことがあります。相手を「正そう」としたり、あるいは「分かり合えない」と心を閉ざしたり……

しかし、信仰を持って生きる私たちは、分断の壁を築くのではなく、そこに「橋」を架ける者でありたいと願います。異なる意見を持つ人と向き合うとき、私の心を穏やかに整えてくれる3つの秘訣を分かち合います。


🕊️ 異なる意見の人と対話するための、三つの心の整え方

1. 「私の正しさは、一部分である」と認める

私たちはついつい、自分の見ている景色こそが「正解」だと思い込んでしまいます。しかし、大きなパズルの一片だけを持って全体を語ることはできません。 相手の意見は、私がまだ見ていない「別の角度からの真実」かもしれない、という謙虚な「余白」を心に持ちましょう。自分の「ポイント」を稼ぐために論争するのではなく、未知の視点に出会うための旅として対話を楽しむのです。

 

2. 「ラベル」ではなく「顔」を見つめる

「〇〇党の支持者」「リベラル」「保守」といったラベル(貼り紙)で相手を見てしまうと、その瞬間に相手は「敵か味方か」という記号になってしまいます。 対話の前に、相手を一人の人間として見つめてみてください。その人にも愛する家族がいて、悩みがあり、この国の未来を願う心があります。ラベルの霧を払い、神様に造られた一人の「人」としての体温を感じることが、対話の第一歩です。

 

3. 「論破」ではなく「共生」をゴールにする

対話の目的は、相手を言い負かして屈服させることではありません。たとえ意見が平行線のままであっても、「あなたと私は違うけれど、同じこの街で共に生きていく仲間である」という信頼を確認することこそが真のゴールです。 短時間で答えを出そうと急がず、広瀬川の流れのように、ゆったりとした時間をかけて理解を育んでいく。その「手間」を惜しまない姿勢が、頑なな心を溶かす温もりとなります。

 

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