休むことに、罪悪感を覚えるあなたへ
「今日は、少し休んだほうがいいかもしれない」 そう思った瞬間、心のどこかで小さなざわめきが起こる。 怠けているのではないか。 もっと頑張るべきではないか。
そんな声が、内側から聞こえてくる。けれど、体は正直だ。 階段を上る足取りが、いつもより重い。 散歩の途中で、ふと立ち止まりたくなる。 それは、心が「立ち止まること」を求めているサインかもしれない。
私たちは、走り続けることに慣れすぎてしまった。 止まることに、どこかで罪悪感を覚える。 休むことは、弱さの証だとさえ思ってしまう。でも、聖書はこう語る。
「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現れる。」
神は、私たちの「弱さ」を恥とは呼ばれない。 むしろ、その弱さの中にこそ、 神の力が宿ると語ってくださる。だから、疲れたときは、休んでいい。 立ち止まり、深呼吸し、 自分の内側にある声に耳を澄ませていい。
休むことは、信仰の後退ではない。 それは、神の御手に身をゆだねるという、 もうひとつの「歩み方」なのだ。
今日、あなたがもし「少し休みたい」と感じているなら、 それは神があなたに語りかけておられるのかもしれない。 「今は、わたしのもとで静まりなさい」と。
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