祈りながら走る朝、平安を信じて
午前4時。 まだ夜の名残が空に残る時間に、私はゆっくりと靴ひもを結びました。 外は静かで、空気は張りつめていて、
ただ自分の呼吸と足音だけが、世界に響いていました。
今日は、教会の兄弟が手術のために入院する日。 その知らせを受けたとき、心のどこかがざわつきました。 「大丈夫だろうか」「不安はないだろうか」
そんな思いが胸をよぎり、 私は祈るようにして走り出しました。走ることは、私にとって祈りのかたちの一つです。 言葉にならない思いを、 一歩一歩に込めて、 ただ主の御前に差し出していく時間。
今朝は、37キロを走りました。 そのすべての距離に、 兄弟のための祈りを重ねながら。
祈りながら走っていると、 ふと、ある御言葉が心に浮かびました。
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配していてくださるからです。」(Ⅰペトロ5:7)
私たちは、誰かのために祈るとき、 その人の痛みや不安を、 自分の中にも引き受けるような感覚になります。でも、神は言われます。 「その重さを、わたしにゆだねなさい」と。
私たちができることは限られています。 けれど、主は限りなく、 その御手の中にすべてを包み込んでくださる方です。だから私は、走りながら祈りました。
「どうか、主が与えてくださる平安のうちに、 この兄弟が手術を受けられますように」と。
そして不思議なことに、 走り終えるころには、 私の中の不安も、静かにほどけていました。
祈りは、時に言葉を超えて、 私たちの行動や沈黙、 そして走る足音の中にも宿ります。
今日も、誰かのために祈りながら、 主の平安を信じて歩んでいきましょう。
今日も、精一杯に生きることです。主のために、人々のために。
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