2026年3月14日土曜日

揺れる世界で、一歩を刻む

 


揺れる世界で、一歩を刻む――百五キロの祈りと、確かな「道」

二十二キロ。今朝も、まだ暗い街の中を走り抜けました。 足の裏が地面を捉える感触、規則正しく繰り返される呼吸の音。これで今週の走行距離は、百五キロに達しました。一歩一歩を積み重ねていくこの感覚は、自分自身の命の鼓動を確認する作業のようでもあります。しかし、ひとたび走り終えてニュースに目を向ければ、そこには呼吸を忘れるような現実が広がっています。


「どこへ向かっているのか」という問い

遠く離れた地での激しさを増す戦争、止まらない原油価格の高騰、そして連鎖するように私たちの生活を圧迫する物価の波。世界は今、土台から大きく揺れ動いています。

「この世界はいったい、どこへ向かおうとしているのか?」

そう問いかけたくなるのは、私だけではないはずです。明日の保証がどこにもないような、霧の中を彷徨っているような感覚。その中で、ただ「生き続ける」ことさえ、時に重い荷物を背負って走るように感じられるかもしれません。

 


足元を照らす「道」の正体

暗闇の中を走るとき、私が頼りにするのは遠くの景色ではありません。ヘッドライトが照らす、わずか数メートル先の「道」です。

聖書の中に、こんな言葉があります。

「わたしは道であり、真理であり、命である。」(ヨハネによる福音書 146節)

この言葉は、地図のない時代に旅人が見つけた北極星のようなものです。世界がどれほど複雑になり、先が見えなくなっても、私たちが踏みしめるべき「道」はすでに示されています。主イエス・キリストが歩まれた方向。それは、自分を愛するように隣人を愛し、どんな時も祈りを絶やさず、命を尊ぶという方向です。この「道」は、原油価格に左右されることも、争いによって途絶えることもありません。走り続けること、祈り続けること、そして愛し続けること。 これらは、状況が良くなったから行うことではなく、むしろ世界が揺れているからこそ、私たちが選ぶべき確かな足跡なのです。


 


光の方へ、ただ一歩

今日、あなたの心も、何らかの不安に揺れているかもしれません。 でも、大丈夫です。私たちは大きな世界を一人で背負う必要はありません。ただ、今日与えられた命を精一杯に生き、自分の目の前にある「誠実」という道を一歩踏み出すだけでいいのです。

あなたが誰かを思い、祈るその瞬間。 あなたが困難の中でも、誰かに優しさを分け与えるその瞬間。 そこには、世界を照らす「真理」と「命」が確かに宿っています。

どんな嵐の中でも、私たちが進むべき方向は決まっています。 さあ、新しいシューズの紐を締め直すように、心を整えて歩き出しましょう。

今日も、前進です。

 

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