デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年5月14日木曜日

惜しみなく注がれる愛に支えられて

 


惜しみなく注がれる愛に支えられて ―― 癒やしの湯と「300万円」の祈り

潮風の香りと、解き放たれる心身

すべてのプログラムを終え、心地よい疲労感と共に千葉の空を見上げています。アメリカ、韓国、そして日本各地(神戸、栃木、大阪、千葉、仙台など)から集まった約60名のセミナー。無事に最後の一言までを紡ぎ終え、感謝のうちに日程を終えることができました。

それぞれの帰路につく参加者の皆様を見送った後、私たち講師陣と世話人の一行は、東京ベイを一望するお風呂屋さんへと向かいました。セミナー期間中、ほとんど眠れぬ夜を過ごした私の身体にとって、湯船から眺める海の青さは、何よりの薬でした。強張っていた筋肉が解け、意識が穏やかな波間に漂うような、心身ともに癒やされるひと時。そこで夕食をいただき、千葉市内のホテルへと移動しました。


 


「あり得ない」という驚きの背後にあるもの

夜、講師たちとの反省会の席で、ある事実を耳にしました。今回のホテル日航成田での開催費用(5食の食事とセミナー室の貸し切り料金)は、割引後で約300万円。そして、その全額をアメリカと韓国の先生方の教会が負担してくださっていたというのです。

正直に申し上げて、現在の日本の教会の規模や財政状況を考えると、それは「あり得ない」ほどの多額な献身です。なぜ、彼らはこれほどの負担を快く引き受けてくださったのか。その数字の裏にあるのは、単なる資金力ではありません。そこには、日本の宣教を、そしてここに集う仲間たちを、文字通り「命がけで支えよう」とする、切実で深い祈りがあるのだと気づかされました。


 


互いの重荷を背負い合う「愛の経済」

私たちは、自分たちの手元にあるものだけで物事を進めようとするとき、しばしば「限界」に突き当たります。しかし、神様の家族という共同体は、国境を越え、互いの弱さや欠けを補い合うように設計されています。

聖書には、初代教会の姿がこう記されています。

「信者たちは皆一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなに分け与えていた。」(使徒言行録 244-45節)

300万円という具体的な数字は、単なるコストではありません。それは、遠く離れた地にいる兄弟姉妹が、私たちのために流してくれた「汗と涙の結晶」です。私たちは、目に見えないところで誰かの犠牲と愛に支えられ、生かされている。その一方的な恵みを知ることで、私たちの「自立」は、本当の意味での「謙遜」へと変えられていくのです。


 


休息という名の「次のミッション」

あなたは今、一人で重荷を背負い込み、自分の力だけで立とうとしていませんか?    ふと周りを見渡せば、あなたが気づかないところで、あなたのことを思い、祈り、支えようとしている手が必ずあります。その愛を、申し訳なさと共にではなく、大きな感謝と共に受け取ってください。私は今日、午前中に仙台へ戻ります。次の静岡での働きという新しいミッションが控えていますが、まず仙台で、心ゆくまで休息の時間を持ちたいと思います。休むこともまた、支えてくれた方々の愛に応えるための、大切な責任(ミッション)だからです。


 


満たされた心で、日常の路へ

セミナーを終えて、それぞれが自分の持ち場へと戻っていきました。誰かの愛によって整えられた場所で、私たちは新しい力を得ました。今度は私たちが、自分の日常という現場で、誰かのための「支え」となる番です。

一晩眠れば、また新しい朝が来ます。  

いただいた恵みを胸に、少しだけ軽くなった足取りで、今日を歩み始めましょう。

今日も、共に前進です。

0 件のコメント:

コメントを投稿