デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年5月22日金曜日

夢のなかの防衛線と、小雨のひかり

 


夢のなかの防衛線と、小雨のひかり ―― 金曜日がもたらす「荷を降ろす」ための静かな知恵

午前一時少し前に二度寝をしてから、ふと暗闇のなかで目が覚めたとき、時計の針は三時三十六分を指していました。

再びまどろみのなかに落ちていった私は、ひどく張り詰めた緊迫感に満ちた光景のなかに立っていました。ノアちゃんのところへ駆けつけると、なんと野生のウリ坊が、倒れたノアちゃんの上に乗っていじめているのです。  大切な存在の危機を前に、私は夢中で隣にあった机を持ち上げて攻撃を仕掛けました。さらに庭へ出ると、そこには多くのウリ坊や生き物たちがひしめき合い、一斉に反撃の牙をむいてくるのです。私は手にしたスコップを必死に振るい、彼らを追い払おうと闘いました。

激しい鼓動と共に完全に目が覚めたとき、時計は四時十六分を指していました。すべては、夜の静寂がみせた「夢」だったのです。

現実の冷たい空気に触れながら、私はかつて和歌山の山で、ノアちゃんとの朝の散歩中にでっかいイノシシと三匹のウリ坊に遭遇したあの瞬間の記憶を思い出していました。あの時は幸いにも、向こうが驚いて逃げて行ってくれたのですが、私の心の奥底には、あのときの野生の脅威と「大切な家族を命がけで守らねばならない」という強い防衛の本能が、深い足跡のように刻まれていたのかもしれません。


 


小雨のなかの日常と、それぞれの金曜日の輪郭

夢のなかの激しい戦いを洗い流すように、外は小雨が降っていました。  ノアちゃんを連れて外へ出ると、少し肌に冷たいけれど、驚くほどに気持ちが良い、静かな小雨が街を潤しています。路面を濡らす雨音を聴きながら、私たちは一歩一歩、確かな歩調でいつもの散歩道を歩みました。帰宅後、昨日心を込めて焼き上げたキャロットパウンドケーキを丁寧に切り分けました。最愛の二人分、そして自分自身の分に分け、それぞれのタッパーに入れて、一階と二階の冷蔵庫へとそっと仕込みます。  それから、いつもよりは少し早い時間ですが、五時ちょっとすぎにノアちゃんへ朝ごはんをあげ、私はバナナと温かいわかめスープ(インスタントですが、美味しい)を口にしながら、パソコンを開いて静かに仕事を始めました。

 

カレンダーに目をやれば、今日は金曜日です。  一週間のなかで、この「金曜日」という日は、人々にとって一体どのような温度を持って迎えられる曜日なのでしょうか。

  • 仕事の締めくくりに向かう人にとって: 溜まったタスクを今日中にやり遂げようと、最後のエネルギーを振り絞る、緊張と安堵が入り混じる日。
  • 週末の休息を心待ちにする人にとって: 肩にかかっていた一週間の重荷が、午後になるにつれてフッと軽くなっていくような、解放感の満ちる日。
  • 休みなく日常を営む人にとって: 曜日に関わらず、愛する人のために淡々と食事を作り、持ち場を守り続ける、静かな持続の一日。

 


張り詰めた防衛の果てに、手渡される「休息」の神学

夢のなかで机を構え、スコップを振るってウリ坊たちと闘っていた私の姿。それは、現代社会という厳しい環境のなかで、一人の権力者に乱される秩序や、次々と押し寄せる生活のタスク、これから始まる夏場との闘いを前に、私たちが無意識のうちに「自分が守らなければ、戦わなければ」と、心をガチガチに防衛させている心理の裏返しでもあるかもしれません。

 


私たちは、自分自身の力だけで全てをコントロールし、愛する者を守り切ろうとするとき、知らず知らずのうちに魂が乾き、すり減ってしまいます。だからこそ、一週間の終わりに用意されている「金曜日」という存在は、私たちに「一度、戦いのスコップを置きなさい」と告げる、神様からの優しい知恵のストップランプなのです。

 


聖書は、不条理な戦いや日々の労苦に追われる私たちへ、このように帰るべき真の休息の場所を指し示しています。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。わたしは柔和で謙遜な者だからである。そうすれば、あなたがたの魂に休息が得られる。」(マタイによる福音書 112829節)

私たちが命がけで防衛線を張らなくても、歴史を導く大いなる神の御手が、私たちの平凡な生活を、そして大切な家族のゆくえを、すでにその中にしっかりと担ってくださっています。金曜日とは、その大いなる守りに信頼し、張り詰めた心の鍵を優しく緩めて、背負ってきた荷物をそっと降ろすためのスタートラインなのです。


 


今日を労い、静かな聖域をひらく

あなたの心は今、夢のなかの戦いのように、何かと必死に闘い続けてカサカサに渇いてはいませんか?「自分ががんばらなければ」と、肩の力が入ったまま金曜日の朝を迎えてはいないでしょうか。

今日という一日を締めくくるなかで、世間の忙しいスピードに無理に自分を合わせる必要はありません。自分が満足し、身近な人が笑顔になれる小さな秩序を、ただ丁寧に耕せばそれで良いのです。

  • 闘いの道具を置く: 「よくがんばった」と自分自身の身体と心を認め、握りしめていた防衛のスコップをそっと床に降ろす。
  • 小さな喜びを仕込む: 冷蔵庫に仕込まれたキャロットパウンドケーキのように、誰かの喜びになる「ひと手間」を日常のなかにそっと忍ばせておく。
  • 無事に感謝する: 温かいスープをすすり、バナナを食べるその静かな朝の時間を、今日も生かされている確かな奇跡として深く味わう。

 


あたたかい食卓へ向かって

小雨が優しく路面を叩く音が、私の書斎にも静かに響いています。5時すぎに朝ごはんを食べ終えたノアちゃんは、今、自分の小屋で安心しきったように穏やかな呼吸を刻んでいるでしょうか。一週間の締めくくりである金曜日。仕事の終わりが見えてくる夕暮れ時、私たちはそれぞれの場所から、我が家という名の「愛の避難所」へと足を進めることでしょう。  

 


外の荒波がどれほど騒がしくとも、ひと手間をかけた美味しい料理と、大切な人の「お疲れ様」という温かいひと言があれば、私たちの魂はいつだってとろけるような深い平安を取り戻すことができます。今週歩んできたその足取りのすべての労苦を、大きな愛の中に委ねて。今日という一日を精一杯、そして軽やかな心で生き切り、潤いに満ちた週末に向かって笑顔で一歩を踏み出していきましょう。

今日も、共に前進です。

0 件のコメント:

コメントを投稿