デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年6月16日火曜日

朝ラン33キロ完走

 


黎明の33キロと日常の目的——「何のために」という確かなる羅針盤

夜明けの涼風と、祈りの軌跡

午前3時半、心地よい静寂の中でノアとの散歩を終え、時計が4時を回るころ、私は一人ランニングへと走り出しました。

まだ街が深い眠りについている時間。夜明けの涼しい空気を全身に浴びながら、西公園方面へと足を進めます。そこから仙台の市内を通り抜け、榴岡公園へ。そして、仙台医療センターの前を通り過ぎる時、私の足取りは自然と祈りのリズムに変わります。「今日も、娘と学生たちが実りある学びの時を持てますように」。懸命に命と向き合う学び舎に向けて、静かな願いを放ちながら走り続けました。

サンピアの湯の横を抜け、いつもの広瀬橋を渡って家へ帰り着いたとき、今日の走行距離は33キロに達していました。

 


肉体の疲労と、魂の満腹感

33キロという距離を走り抜けば、当然のことながら肉体には重い疲労がのしかかります。これは決して避けられない代償です。しかし、荒い息を整えながら汗を拭う時、私の胸の奥にはいつも決まって「今日も走って良かった」という深い安堵と喜びが湧き上がってくるのです。体は限界まで空っぽになっているはずなのに、魂は満たされている。この逆説的な感覚を味わうたびに、ある一つの真理を悟ります。

「人はパンだけで生きるものではない」(マタイによる福音書 4:4

私たちの肉体は食べ物によって養われますが、それだけでは本当の満足感を得ることはできません。心が、魂が、目に見えない確かなもので満たされて初めて、人間は人間らしく「生きる」ことができる存在なのです。

 


日常のすべてを「光」に変える秘訣

今日も、息つく暇のない日常が続いていきます。 妻を仙台まで車で送り届け、その帰路にはドン・キホーテやロピアに立ち寄って買い物を済ませる予定です。季節はまもなく、重苦しい空気が漂う梅雨へと向かいます。愛する家族がこの湿り気を帯びた季節を元気に乗り越えられるよう、活力が湧くような料理のレシピを頭の片隅で練りながらハンドルを握ります。

 


食べることも、飲むことも大切です。遊ぶこと、のんびりと休むこと。そしてもちろん、働くことも、学ぶこともすべて、人生において欠かすことのできない大切な営みです。

しかし、それらの行為そのもの以上に重要なことがあります。それは、「何のためにそれをやっているのか」という根本的な目的を知り、自分の中心に据えて取り組むことです。

「食べるにしても、飲むにしても、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい」(コリントの信徒への手紙一 10:31

 


揺るがない信念が育む愛

スーパーで食材を選ぶという何気ない行為も、キッチンで料理をする時間も、家族を送迎する道のりも。それが「主なる神様の栄光のため」という羅針盤の先にある限り、ただの作業ではなく、尊い礼拝へと変わります。



この揺るがない信念こそが、疲れ果てた日であっても、教会の働きに喜びをもって仕え、愛する家族に変わらぬ愛を注ぎ続けるための最大の秘訣なのです。

  • 目の前の小さな作業の意味を、もう一度問い直すこと
  • 「誰かのため」の行動を、神への奉仕として昇華させること
  • パンだけでなく、魂を満たす時間を大切に守り抜くこと

今日あなたが手にする一杯の水も、誰かのために作る一食の食事も、すべては天へと繋がる尊い営みです。その小さな行いに誇りと喜びを抱いて、歩んでいきましょう。



今日も、共に前進です。

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