3時33分の目覚めと、行き先を知る自由 ―― 見えない明日を「委ねる」という希望
曇り空の下、身体が覚えている23キロの道のり
333。 デジタル時計が「3時33分」を告げた深い静寂の中、ふと目を覚ましました。いつものようにランニング前のルーティンワークをこなし、念入りにストレッチをしてから、まだ街が眠る外へと走り出します。
リズミカルにアスファルトを蹴りながら、心にはとても穏やかな風が吹いていました。
「迷わない」からこそ得られる、真の自由
今の私は、どの角を曲がればどこへ繋がるのか、どのルートを選べばトータルで何キロになるのかが、すべて頭の中に地図として入っています。つまり、「道に迷う不安」が一切ないのです。自分が走っている道がどこへ向かっているのか、最終的な行き先がはっきりと分かっているからこそ、足取りは軽くなり、心から安心して「自由な走り」を楽しむことができます。ふと、息を弾ませながら考えました。
「もし私たちの人生も、こんな風に一切の迷いがなければ、どれほど素晴らしいだろうか」と。私たちは皆、時に立ち止まり、思い悩みます。それは能力が足りないからではなく、単に「先が見えないから」です。行き先が分からないという不安が、私たちの足かせとなり、思い悩むことで自らを不自由な箱の中に閉じ込めてしまうのです。
人生の地図を持つ方に、ハンドルを預ける
では、先が見えない人生という長い道のりにおいて、迷わず、自由に歩み続けるための秘訣は何でしょうか。私にとって、それは「主なる神様に対する信仰」です。
自分自身で一寸先の未来を照らそうとするのではなく、安心して自分の人生を委ねることができる方――人生の完全な地図を持っておられる方に、すべてをゆだねて歩み続けること。
- 自分がどこへ向かっているのかを知っている方が、共にいてくださる。
- この道が、最終的に最も良い場所へと繋がっていると信じられる。
この絶対的な安心感こそが、私たちの心から不安の鎖を取り払い、自由で力強い一歩を踏み出させてくれる光となります。すべてを自分一人でコントロールしようとする手を離した瞬間、私たちは本当の意味での「自由」を手に入れるのです。
茶葉の香りと共に、今日も走り続ける
走り終えて帰宅した後、先日静岡の親しい長老からお土産にいただいた緑茶を淹れました。温かく豊かな香りに満たされた後、教えていただいた通り、残った新茶の茶葉にポン酢をかけていただいてみました。
爽やかな酸味と苦みのない茶葉の食感が口いっぱいに広がり、新茶ならではの驚くほど美味しく、生命力にあふれた味がしました。心から感謝の湧き上がる、豊かな朝のひとときです。
今日のランニングで、今週は合計104キロを完走しました。 道がどこへ続いているかを知る安心感を胸に、私はこれからも走り続けます。そして、祈り続け、皆様に希望の言葉を書き続けます。
もし今、先の見えない不安の中にいるのなら、どうかその重荷を下ろし、信頼できる温かい手へご自身の歩みを委ねてみてください。行き先が守られているという平安が、あなたの今日を力強く支えてくれるはずです。
今日も、前進です。
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