街の輪郭を保つ静かな働き手と、心の「見えない塵」を贖う朝
早朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、いつものランニングコースへと歩みを進めました。 街がまだ深い眠りの中にある時間。太白区のゴミ収集を担う会社の前を通りかかると、整然と並んだ回収車が静かに佇んでいました。
エンジンを休め、ただ夜明けを待つ車体たち。 その沈黙の列は、まるで“街を守るための祈り”がそこに宿っているかのようでした。
🌱 日常という名の、危うい均衡
私たちの街にゴミが溢れないのは、決まった曜日に必ず回収車が走り、 私たちが生み出した不要なものを淡々と引き受けてくれているからです。
それは決して「当たり前」ではありません。年に一度、大晦日と正月が重なり回収が休みになると、 次の回収日には指定場所が驚くほどのゴミで埋め尽くされます。たった一度の空白で、街の均衡は簡単に崩れてしまう。もしこれが一週間、あるいは一ヶ月続いたら…… 走りながら、そんな想像が胸をよぎりました。
🌿 「心のゴミ回収車」はどこにあるのか
整然と並ぶ回収車を見つめていると、 ふと心の奥からひとつの願いが湧き上がってきました。
「私たちの心にも、こんな回収車があればいいのに。」
人の心には、日々見えない“塵”が降り積もります。
- 憎しみ
- 妬み
- 怒り
- 悲しみ
- 言えなかった言葉
- 飲み込んだため息
これらは目には見えませんが、確かに心を重くし、 時に私たちの魂を腐らせてしまう“心のゴミ”です。街の空気を見渡せば、 そうした見えない塵があちこちに漂っているのを感じます。 それが処理されずに溜まり続けるからこそ、
世界には痛ましい出来事が絶えないのかもしれません。
🌤 溜め込んだ重荷を手放す場所
目に見えるゴミは袋に入れて指定場所に出せば、 回収車が運び去ってくれます。
では、 心に溜まった見えない塵は、どこへ出せばいいのでしょうか。
私たちには、 自分の力では浄化しきれない感情の濁りを そっと明け渡す“場所”が必要です。それは、 弱さを隠さずに神の前に静まる祈りの時間です。
憎しみも、妬みも、怒りも、悲しみも、 自分では処理できない重荷を 「主よ、これはもう私には抱えきれません」 と御前に置くとき、
主は限りない恵みの御手でそれらを静かに回収し、 新しい風で心を満たし直してくださいます。
🌈 今日という一日を、軽やかに歩むために
街をきれいにするために走り出す回収車たちのように、 私たちもまた、心を曇らせるものをため込まず、 主に委ねながら歩みたいと思います。
今日という一日は、 昨日の重荷を抱えたまま歩く必要はありません。
主が受け取り、 主が清め、 主が新しい光を注いでくださるからです。
明日も、共に前進です。
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