デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年6月18日木曜日

Sさんを覚えての朝ラン

 


祈りを刻む24キロと、突然の立ち止まり——人生の「雨」を越える知恵

久しぶりの道と、夜明けの祈り

午前4時半。明るくはなっていますが、まだ深い静寂が支配する街へ、シューズの紐を固く結び、ランニングに出発しました。

 


今日選んだのは、ここ数ヶ月ほど足を踏み入れていなかった久しぶりのコースです。懐かしい景色を確かめるように一歩一歩を進めた今日の道のりは、ただのトレーニングではなく、一人の教会員の入院を覚えての「祈りのラン」でした。

人間の体は、時に思いもよらない突然の異変を告げることがあります。それは決して特別な誰かの出来事ではなく、今を生きる私たち全員に、いつ起こっても不思議ではない身近な現実です。だからこそ、その小さなサインに早く気づき、適切な措置を行うことが何よりも大切になります。どうか無事に原因が判明し、再び元気な姿を取り戻されますように。その切実な願いを天へと届けようと祈りながら、24キロの道のりを走り抜きました。

 


病の床で向き合う「魂の軌跡」

私たちが、自らの歩んできた人生の軌跡を最も深く、ごまかしのない目で振り返るきっかけとなるのは、いつもこうした「突然の病」や、立ち止まりを余儀なくされた時ではないでしょうか。健康で忙しい日々の中では、私たちはどうしても目の前のことに追われ、自分の内面を通り過ぎてしまいます。しかし、病の床という静寂の中で、魂は根源的な問いを投げかけてきます。

「これまでの自分の選択は、本当に正しかったのだろうか」 「心の中に、やり残した悔いはないか」 「自分の言葉や態度で、誰かを深く悲しませてはいなかっただろうか」

さまざまな角度から己の過去と現在を見つめ直すこの葛藤は、決して後ろ向きなものではありません。それは、取り繕うことのできないありのままの姿で主の御前に立ち、真剣に祈り、自分自身の本質と対話するための、極めて神聖で尊い時間なのです。

 


人生の「梅雨」を賢く歩む

天気予報では、これから本格的な梅雨の時期に入っていきます。 重く湿った空気が空を覆い、晴れやかな太陽が見えなくなるこの季節は、まるで私たちの人生に突然訪れる病や試練の時期のようです。しかし、雨が降らなければ大地が潤わず、木々が深く根を張れないように、人生の雨の時期もまた、私たちの魂の不純物を洗い流し、神様との関係をより深く根付かせるための恵みの雨となり得ます。聖書にも「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」とあるように、立ち止まる時間には必ず深い意味が隠されています。

不確かな人生を歩む私たちが心に留めておきたいことがあります。

  • 突然の立ち止まりを恐れず、自分を見つめ直す「主の御前の時間」として受け入れること
  • 避けられない人生の雨季に対し、不平を言うのではなく、賢く乗り越える知恵を祈り求めること
  • 今、病や困難の中にある隣人のために、心を寄せて共に祈ること

 


これから迎える長い梅雨の季節。降り続く雨の音に静かに耳を傾けながら、この時期を賢く、そして豊かに乗り越える知恵を身に付けて歩んでいきたいと思います。

今日も、共に前進です。

0 件のコメント:

コメントを投稿