今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」(ルカ12章)
これは美しい白鳥の踊りではありません。実は縄張り争いであるのです。普段は平和に見える風景ですが、その中には人間世界と同じく争いや闘いがあるのです。
争いや闘いが続く限り平和は来ないのです。憎しみと妬みがあるところに平和は居られないのです。悔い改めと赦しと寛容と愛があるところに真の平和の花が咲くのです。そしてそれを可能にするのはイエス・キリストへの信仰であります。
動物世界では強者が弱者を追い出しますが、ある意味、闘わずに逃げるのが賢い判断かも知れません。相手が強いから逃げるのではありません。自分のために闘わずその場を立ち去るのです。それが賢い人であるのです。時には感情の虜にならず、冷静になって闘いを避ける知恵が必要です。
私たちは平和な家庭を望みます。私たちは平和な社会を望みます。平和な国を望みます。平和な世界を望みます。しかし、現実は争いと闘い、不和であるのです。それが神様に逆らった人間の罪による結果であると聖書は教えています。平和の主として来られたイエス・キリストなしの平和を求める以上、真の平和は訪れないのです。そのイエス・キリストの内に真の平和があるのです。イエス・キリストを心に迎える人には平和の花が咲きます。
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