2026年1月29日木曜日

繰り返される嵐のなか、たった一つの「北極星」を見つめ

 


繰り返される嵐のなか、たった一つの「北極星」を見つめて

凍てつく風と、変わらない足音

今朝も、頬を刺すような冷たい空気が街を包み込んでいます。 深く息を吸い込むと、肺の奥まで冬の静寂が染み渡り、一歩一歩踏みしめる地面の硬さが、自分の存在を確かに教えてくれるようです。

季節は巡り、冬が来ればまた春が来る。そんな変わらないリズムの中に身を置きながら、ふと、私たちの歩んできた「歴史」という名の長い道に思いを馳せてみました。


生き残ってきた誇りと、拭えない「影」

振り返れば、人類の歩みは壮絶な「生き残りの記録」でもあります。 数えきれないほどの戦争があり、大地を揺るがす地震や、すべてを飲み込む津波、街をなぎ倒すハリケーンが幾度となく私たちを襲いました。それでも、人は生き残りました。 倒れても立ち上がり、瓦礫の中から新しい芽を見つけ、今日まで命を繋いできました。その生命力の強さには、ただただ敬意を覚えずにはいられません。

しかし、その一方で、私たちの心には一つの重い問いが居座り続けています。

 「私たちは、本当に成長しているのだろうか?」

どれほど過酷な経験をしても、私たちはまた同じ場所で憎しみ合い、同じ過ちを繰り返してしまいます。文明がどれほど進歩しても、人の心の奥底にある「影」は、何千年も前から変わっていないのではないか。そんな葛藤が、冬の霧のように視界を遮ることがあります。


 


歴史の螺旋を突き抜ける「希望」

動物たちは本能に従って生きますが、人間は「悩み」ながら、そして「意味」を求めながら生きる存在です。同じ過ちを繰り返す自分たちに絶望しそうになるとき、私たちはどこに視線を向ければよいのでしょうか。そこで私は、一つの確かな光を思い出します。 それは、私たちが自力で到達できる「進歩」の先にあるものではなく、向こう側から差し込んでくる光。救い主、イエス・キリストという希望です。

  • 変わらない愛: 私たちが何度つまずいても、変わらずにそこにいてくださる存在。
  • 救いの手: 私たちが自らの過ちで沈みそうになるとき、真っ先に手を伸ばしてくださる方。

私たちの成長は、自分の力で完璧になることではなく、「自分は一人では歩けない」と認め、その救いの手を握りしめることから始まるのかもしれません。世界がどれほど揺れ動いても、歴史がどれほど残酷に繰り返されても、その光だけは決して揺らぐことのない「北極星」のように、私たちの進むべき道を照らし続けています。


 


今日を歩むあなたへ

歴史という大きな流れの中で見れば、私たちはほんの小さな点に過ぎないかもしれません。 けれど、その小さな点の一つひとつを、主はかけがえのない宝物として見つめておられます。過去の過ちに縛られず、未来の不安に怯えすぎず。 今、隣にいてくださる救い主を信頼して、今日という一日を丁寧に

編み上げていきましょう。 私たちが生き残ってきたのは、単なる偶然ではなく、この愛の中で「新しく生きる」ためなのですから。

一歩、また一歩。 光の差す方へ、共に歩んでいきましょう。

今日も、精一杯に生きることです。

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