葉桜のトンネルを抜けて、新しい季節への助走
4時の夜明け、走り出す身体
今朝は21キロを完走しました。 まだ少し冷たさを含んだ空気を深く吸い込むと、肺の奥がシャキッと引き締まるような心地よさがあります。
気づけば、夜明けの時間がずいぶんと早くなりました。午前4時を過ぎる頃には、東の空がゆっくりと白み始めます。数日前まで私たちを楽しませてくれた桜は、その華やかな花びらを道に譲り、代わりに瑞々しく鮮やかな「緑」が、力強く枝を覆い始めています。
「ああ、季節は確実に春になったのだ」 そう実感する一方で、心の片隅には、予報が告げる「早い夏の訪れ」への小さな警戒心がよぎります。ランナーにとって、厳しい暑さは最も苦手な試練の季節です。
苦手な季節を、淡々と受け入れる
「今年は夏が早いらしい」 その言葉を聞くだけで、少し身構えてしまう自分がいます。
しかし、避けられない季節の移ろいに抗っても仕方がありません。
大切なのは、天候に一喜一憂することではなく、無理のない範囲で、自分の「ルーティンワーク」としての朝ランを淡々と続けることです。たとえ苦手な季節が来ようとも、変わらない一歩を刻み続ける。その積み重ねだけが、次の新しい景色を見せてくれる唯一の道だからです。
人生も同じかもしれません。思い通りにいかない季節、自分の力ではどうしようもない環境の変化。それでも、自分の持ち場を誠実に守り続けることに、私たちは心を砕くべきなのでしょう。
仙台駅、スーツケースに託す祈り
今日と明日は、娘の人生にとっても大切な一日です。 就職試験と面接のために、彼女は東京へと向かいます。午前中の学校を終えた彼女と、お昼過ぎに仙台駅で待ち合わせをします。私は家から彼女のスーツケースを運び、駅の改札で手渡す予定です。親としてできることは、重い荷物を持ってやり、せめて駅で少し良いお弁当を買ってあげることくらい。
「頑張って行って来なさい」
その言葉の裏には、言葉にできないほどの祈りが詰まっています。 幸いなことに、東京には彼女を快く受け入れてくれる身内がいます。慣れない土地で、自分を待ってくれる、泊めてくれる場所がある。それは、本当にありがたく、神様の守りを感じずにはいられない「恩寵」のようなものです。
「精一杯」という名の贈りもの
私たちは、誰かに支えられ、誰かを受け入れながら生きています。 娘を送り出す側の感謝。そして、見知らぬ地で扉を開けて待ってくれる身内の愛。
世の中は不条理なニュースや争いで溢れているかもしれません。しかし、目の前の家族を思い、駅で弁当を選び、誰かの挑戦を祈るという「精一杯の生」の中には、どんな闇も消し去ることのできない、確かな光が宿っています。
自分の道を走ること。 大切な人の背中を押すこと。 そして、与えられた今日という時間を慈しむこと。それ以上に尊いことは、この世にはないのかもしれません。
「前進」への派遣
皆さんは今日、誰のために、あるいは何のために「精一杯」を生きますか? 新しい挑戦に向かう人も、それを支える人も、あるいは自分自身の「苦手な季節」と戦っている人も。
遠くのゴールに気を取られすぎず、まずは今、自分の足もとにある「一歩」を大切に踏み出してみましょう。その一歩には、あなたが気づいている以上の価値があります。
スーツケースを預けるように、あなたの重荷も主の御手に委ねて。 明日は走るのを休み、体を休めるその時間さえも、次の一歩のための大切な備えなのですから。
今日も、前進です。
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