痛みと共に立ち止まる ―― 不条理な世界を「整えて」生きる
身体がささやく、四月の終わり
四月も最終日を迎えました。この季節の変わり目、疲れの現れ方は人それぞれですが、私の場合、それはいつも「口の中」から始まります。ぽつりとした口内炎。それは身体が発する、静かな、けれど確かな休息のサインです。私はここで、あえて薬を飲みません。
痛みが引き、傷が自然に癒えるのをじっと我慢して待つ。それが私の流儀であり、身体との対話の作法でもあります。不快な痛みさえも、自分が一生懸命に四月を駆け抜けた証として、そのまま受け止めるのです。
「のんびり」という名の、積極的な備え
明日、五月の初日は雨模様の予報です。月間五五〇キロを走り抜いた脚を、明日はあえて休ませることにしました。一日、のんびりと過ごす。それは単なる怠惰ではありません。なぜなら、今度の土曜日からは、また息つく暇もないほどハードなスケジュールが始まるからです。ふとニュースに目を向ければ、この世界は次々と凄惨な事件や事故が起き、不条理な波が世間を騒がせています。しかし、そんな喧騒の中でも、一人ひとりの仕事、学び、そして日々の生の営みは、途切れることなく続いていきます。世界がどれほど不条理に見えたとしても、そこで生きる私たちの「人生」そのものは、決して不条理であってはならないのです。
相手に理解されずとも、自分を整え続ける
私たちは、与えられた命、時間、場所、そして隣人を大切にしながら生きるほかありません。人生には、どれだけ誠実に尽くしても、相手に理解してもらえない時があります。報われないと感じる夜もあります。けれど、大切なのは「相手がどう思うか」に振り回されることではなく、自分自身の生き方をしっかりと整え、主の前に立ち続けることです。
毎日、大声で笑えるような出来事が起きるわけではありません。それでも、ふとした瞬間に心が和む出来事や、ささやかな微笑みがこぼれる光景が一つでもあれば、それで十分なのです。口内炎の痛みを抱えながら、雨の音に耳を澄ませる。そんな静かな時間の中にこそ、次の一歩を踏み出すための本質的な力が蓄えられていきます。
五月の光を、静かに待つ
明日は雨の中、静かに魂を休ませます。土曜日からのハードな旅路を前に、自分を整え、新しい季節を迎え入れる準備をします。
あなたも今、何かしらの「痛み」や「疲れ」を抱えてはいませんか? 無理に治そうと焦らなくていい。ただ、与えられた今という時間を、慈しむように過ごしてください。
毎日笑えなくてもいい。たまに訪れる小さな微笑みを、大切に拾い集めていきましょう。 その積み重ねが、不条理な世界の中であなたを支える、確かな光になります。
今月もお疲れ様!と自分に言い聞かせる。
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