🌱 旅立ちの春に訪れた知らせ――喜びを分かち合うという恵み
■ 朝に届いた「合格」の知らせ
今朝、娘の就職先から合格の連絡が届きました。 胸の奥から自然と「感謝」という言葉がこぼれました。これで来年の3月には、 娘は確実に仙台を離れることになります。 残るは国家試験のみ。 その道のりを思うと、 今日のこの知らせは、 まるで春の光が差し込むような一歩でした。妻と娘は、二人で合格祝いのランチに行くと言います。
仙台の店まで送ることにしました。 私は納骨式の準備があるため一緒には行けませんが、 同じ喜びの中に立っていることを思うと、 それだけで心が満たされました。
■ 喜びの裏にある、静かな“別れ”の予感
合格の知らせは嬉しいものです。 しかし同時に、 「来年には仙台を離れる」という現実も そっと心に触れてきます。親としての喜びと、
旅立ちを見送る寂しさ。(この際、私たちも関東地域に行こうか?ここに9年もいたし、前も9年だったので、と妻に話す。) その二つが同時に胸に宿るのは、 きっと多くの家庭が経験することなのでしょう。人生には、 嬉しさと寂しさが同じ器に入って届く瞬間があります。
今日の知らせは、まさにそのような時間でした。
■ 普遍的な真理――“共に喜ぶ”という愛のかたち
聖書にはこうあります。
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」(ローマ12:15)
家族の喜びを共に喜ぶこと。 それは、 愛のもっともシンプルで、 もっとも深いかたちです。私はランチには同行できません。 けれど、
同じ喜びの空気を吸い、 同じ感謝の思いを抱いている。 それだけで十分なのだと感じました。
■ 今日も、共に歩む
娘の合格。 妻と娘の笑顔。 そして、私は納骨式の準備へ向かう。
それぞれが違う場所にいても、 同じ家族として、 同じ喜びを分かち合っている。
人生は、 こうした小さな“共に”の積み重ねで
静かに形づくられていくのだと思います。
今日も、共に前進です。

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