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2026年6月13日土曜日

連載コラム第3回「報酬は対価か、感謝か」

 


「報酬は対価か、感謝か」——神の恵みに生きる共同体の奉仕

「ひとりひとり、いやいやながらではなく、心から喜んで与えるべきです。神は、喜んで与える人を愛してくださいます」(コリント9:7

教会における奉仕と「報酬」の関係は、私たちが思っている以上に繊細で、そして深い意味を持っています。 教会での奉仕は、世の中の労働とは根本的に異なります。 それは、見返りを求める経済活動ではなく、神への献げであり、キリストの体である共同体への愛の表現だからです。だからこそ、奉仕に対する「報酬」や「謝礼」も、単なる「労働の対価」として扱うべきではありません。 それはむしろ、奉仕者の労苦と献身に対する感謝敬意を、共同体として形にする行為です。

レプタ銅貨のやもめが示した「心」の価値

マルコ12章には、貧しいやもめがレプタ銅貨二枚を献げる場面が描かれています。 金額はごくわずかでしたが、イエスは彼女の献げ物を誰よりも尊いものとして讃えられました。なぜでしょうか。それは、彼女が「余りもの」ではなく、自分の生活のすべてを神に委ねた心を捧げたからです。この物語は、神の御前で価値を決めるのは「量」ではなく「心」であることを教えています。 そしてこの原則は、金銭だけでなく、時間・才能・祈りといった奉仕にもそのまま当てはまります。

奉仕の本質は、

  • どれだけ時間を使ったか
  • どれほど目立つ働きをしたか ではありません。

どれほど誠実に、どれほど心を込めて神と隣人に仕えたか。 そこにこそ、神が見ておられる価値があります。

見えない奉仕が、教会の土台をつくる

教会のオルガニスト、受付での温かいおもてなし、礼拝堂の清掃、祈りの働き—— これら一つひとつの奉仕が、神の民が安心して集い、礼拝をささげるための土台を支えています。たとえばオルガニストは、

  • 礼拝の流れ
  • 典礼暦
  • 説教テーマ を踏まえて選曲し、週に何度も練習を重ねます。

その伴奏は、会衆の心を開き、祈りと賛美を深める霊的な導き手の働きです。 こうした「見えない努力」に対して、教会が感謝を表すことは、単なる義務ではなく、共同体の成熟の証です。

「報酬」は買い取りではなく、感謝のしるし

教会での「報酬」や「謝礼」は、奉仕者の時間や心を買い取るものではありません。 それは、

  • あなたの奉仕を大切に思っています
  • あなたの献身を神の前で尊びます
  • あなたの働きに感謝しています

という共同体の思いを、具体的な形にしたものです。

この感謝は、奉仕者にとって 「自分の働きが神と共同体に受け入れられている」 という深い喜びとなり、さらなる奉仕へと心を開かせます。

また、経済的支援が必要な奉仕者にとっては、生活を支え、献身を続けるための実質的な助けにもなります。 しかしその根底にあるのは、あくまで対価ではなく感謝です。

感謝をもって支え合うとき、教会は「キリストの体」として輝く

私たちが互いに感謝をもって支え合うとき、教会は単なる建物や組織ではなく、 神の愛に根ざした生きた共同体としての姿を現します。奉仕する者も、奉仕を受ける者も、 共に神の恵みに生かされている者として、 喜んで与え、喜んで受け取る歩みを続けていくこと。

その営みこそが、教会を成長させ、共同体全体を神の愛で満たしていくのです。

奉仕は、互いの存在を尊び、感謝し合う中で、いっそう輝きを増していきます。

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