デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年6月10日水曜日

お母さんは偉い!

 

今日の夕食は野菜たっぷりの肉野菜炒めです。


夕暮れの保育園と見えないご褒美──途切れない日常を生きるあなたへ

ご褒美という、心の健やかさ

「これだけ頑張ったのだから、自分にご褒美をあげよう。」 美味しいものを味わうこと、ネットでちょっとした買い物をすること、自分へプレゼントを贈ること。そうした決断や行為ができるのは、心が健康である証拠なのだと思います。

あるいは、「二日間の休みがあるから、この五日間を頑張り抜ける」と考える人もいるでしょう。そうした環境や状況のなかに身を置けることは、ある意味でとても幸せなことです。なぜなら、世の中には、立ち止まって休むことが許されず、絶え間なく働き続けなければならない人たちが確かに存在するからです。

 


夕暮れの道、途切れない愛のルーティン

時々、娘を駅まで迎えに行く道すがら、近くの保育園の前を通ることがあります。 そこには、夕方、仕事を終えて足早に子どもを迎えに来るお母さんたちの姿があります。

  • 朝から職場での責任を果たし
  • 夕暮れのなか保育園へ駆け込み
  • 家に帰れば夕食の準備
  • 子どもの世話をし、お風呂に入れ、寝かしつける

気がつけば、深い夜の闇が窓の外に広がっている。その途切れることのない日々の営みを思い浮かべるたび、私は心の中で静かに問いかけます。 「そのひどく疲れた体と心を、彼女たちは一体どうやって癒やしているのだろうか」と。

もちろん、「子どもと過ごすその時間こそが何よりの癒やしだ」と微笑むお母さんもいるでしょう。しかし、私たちも同じ弱さを持つ人間です。どうしようもなくしんどく感じて、しゃがみ込みたくなる夜が必ずあるはずなのです。

 


見えない場所での奮闘に注がれる眼差し

だからこそ、私は彼女たちの姿を見るたびに、「本当にすごいな、偉いな」とただただ畏敬の念を抱かずにはいられません。目に見える分かりやすい「ご褒美」や十分な「休息」が取れなくても、自分以外の誰かのために、その身を削りながら愛を注ぎ続ける姿。そこには、言葉では表現し尽くせない尊さがあります。

聖書にこのような言葉があります。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 (マタイによる福音書 11:28

社会の喧騒の中で、誰もその日々の奮闘に気づいてくれないように思える日があるかもしれません。しかし、隠れた場所での涙も、ため息も、すべてを知り、見つめておられる方がいます。その柔らかな眼差しこそが、この世界で最も確かな「見えないご褒美」として、彼女たちの心に届いてほしいと願うのです。

 


祈りを灯して

私ができることは、ほんのわずかです。 それでも、夕暮れの保育園の前を通り過ぎるたび、心の中で小さな祈りの火を灯し続けます。

どうか、頑張り続けるあのお母さんたちの姿に、見えない慰めが降り注ぎますように。

少しでも今日の疲れが癒やされ、ふとした瞬間に、幸せな気分に包まれることがありますように。

誰かのために生きるすべての人の足取りが、確かな光で照らされることを信じて。

今日も、共に前進です。

0 件のコメント:

コメントを投稿