研ぎ澄まされた8分の言葉と、暗いトンネルに光を灯す選択
8分間に魂を注ぎ込む、1ヶ月の準備
今日は、大学のチャペル礼拝で説教の奉仕をしてきました。 語った時間は、わずか「8分」。教会の主日礼拝で語る30分の説教と、大学での8分の説教。果たしてどちらが準備に苦労すると思われるでしょうか。
間違いなく、8分の説教です。 たった8分という短い時間の中で、若者たちの心に届く真理を語り尽くすためには、膨大な言葉の中から本当に必要なものだけを選び抜き、削ぎ落とし、研ぎ澄ますという相当の工夫が求められます。だからこそ、私はこの8分のために、約1ヶ月の時間をかけて準備をして臨むのです。 言葉を丁寧に選び抜いたという十分な準備の積み重ねがあって初めて、私は講壇の上で少しリラックスし、心からのメッセージを語ることができるのです。今年度の大学でのチャペル説教は、今度の22日をもって終了となります。大学など外部での奉仕は前期のみとし、後期には一切入れないことに決めているからです。
削ぎ落とすことの潔さと、静かなる「休息」
礼拝を終えた後も、二人の送り迎え、買い物、料理、掃除、そして聖書研究会&説教&週報のコラム準備など、息をつく暇もないほど忙しい時間を過ごしました。
実は今日、説教のあとに予定していた整形外科の受診を取りやめました。 右足の指の関節に痛みは確かに残っています。しかし、とりあえず今週はランニングを完全に休み、ただ静かに様子を見ることに決めたのです。無理をして動き回るのではなく、自らの身体に休息を与え、回復を待つ。「これで良いのだ」と、私の心は今、とても穏やかな納得感に包まれています。
8分の説教のために余分な言葉を削ぎ落としたように、人生においても時に、過剰な心配や行動を削ぎ落とし、「ただ休むこと」を選ぶ潔さが必要です。
世の中の闇を、家庭に持ち込まない意志
ふとニュースに目を向ければ、毎日のように熊の話題が報じられ、耳に入ってくるのはため息と不愉快な気分になるような出来事ばかりです。笑顔になれる話題を探す方が難しいほど、世の中は厚い雲に覆われているように見えます。
しかし、外の世界がどれほど暗くても、私には一つの明確な決意があります。 「自分の家族まで、その暗いトンネルの中に連れ込むようなことは決してしない」ということです。
私たちが生きる世界には、光と闇が常に混在しています。世の中の不穏な空気に同調して、自分の心や家庭の中まで憂鬱な色で染めてしまうことは簡単です。しかし、神様から与えられた家庭という小さな、しかし確かな領域において、「何を選ぶか」は私たち自身の手に委ねられています。
- ため息の代わりに、感謝の言葉を選ぶこと。
- 不満の代わりに、笑顔で食卓を囲むこと。
外の風がどれほど冷たくても、心の中に感謝と希望の火を灯し続けること。それは、暗闇に飲み込まれないための、最も力強く、そして美しい信仰の戦いなのです。
希望と感謝を胸に、今日という日を歩む
あなたを取り巻く環境もまた、決して晴れやかなニュースばかりではないかもしれません。解決の見えない問題や、心が沈むような出来事に囲まれている日もあるでしょう。
しかし、どうか外の暗闇を、あなたの心の奥底にまで招き入れないでください。 あなたが今日、誰かに向ける小さな笑顔。そして、日常のささやかな出来事に対する「ありがとう」という感謝の言葉。それらが組み合わさるとき、あなたの足元から必ず温かい希望の光が広がり始めます。
笑顔と、感謝と、希望の一日を。 あなたの選択が、今日という日を間違いなく明るく照らしてくれます。
今日も、共に前進です。
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