雨音の静寂と、心に青空を広げる朝の整頓
午前3時半。まだ深い暗闇に包まれた世界に響くのは、降りしきる雨の音でした。 雨など気にすることなく歩き出そうとするノアと共に外へ出たものの、やはり小雨とは呼べない雨足に、途中で引き返すことになりました。
家に戻る頃には、帽子も服もすっかり濡れて重くなっていました。
「このままシャワーランに出かけたら、きっと気持ちが良いだろう」。 そんな誘惑がふと頭をよぎりましたが、今日はその衝動を静かに手放し、大人しく休む選択をしました。
空間のホコリを払い、心を磨く
走ることを休んだ分、私が向かったのは自分自身の住まう空間です。 半年に1度ほど行っている、部屋の模様替えに取り掛かりました。
家具を動かし、普段は手の届かない場所に溜まっていたホコリをきれいに払い落とし、部屋全体を整えていく。その作業に、じっくりと約3時間を費やしました。
不思議なもので、目に見える空間の乱れが整い、空気が澄んでいくにつれて、雨に濡れた不快感や重たかった気分までもが、すっきりと晴れ渡っていくのを感じました。
その後も、私の朝の務めは続きます。
- 会堂の除湿器の水タンクを空にする
- 階段を掃き清める
- ノアに朝ごはんを用意する
- 洗濯をする
今、ようやくそれらを終えて、静かな一休みの時間を迎えています。 まるで専業主婦のような働きに思えるかもしれませんが、これらは普段から仕事をしながら重ねている、私にとっての大切なルーティンワークなのです。
変えられない空模様と、変えられる心模様
窓の外は雨曇り。じめじめとしていて、決して心地よい天気とは言えません。 私たちは生きている中で、時として自分ではどうすることもできない「外側の環境」に対して、思い悩み、心をすり減らしてしまいがちです。しかし、降る雨を止めることは誰にもできません。聖書には、このような言葉があります。
「何を見守るよりも、自分の心を見守れ。いのちの泉はここから湧き出るからである。」(箴言 4:23)
私たちが注力すべきは、変えることができないものに心を使うことではなく、変えることができる「自分の心」を晴れ晴れとさせることです。
部屋のホコリを払い、空間を整える3時間の作業は、まさに自分自身の内側を整え、心の空を晴らすための静かで神聖なプロセスでした。
甘い香りと共に、今日を生きる
今日、娘は学校が2限からということで、駅までの送迎はありません。 このあと少し仕事に向かい、洗い上がった洗濯物を干して、朝食にはフレンチトーストを作る予定です。
早朝のバイトを終えて帰って来る妻のために・・・
自分はあまり好きではないので、食べませんが・・・
二人はフレンチトーストが好きですね。
外の天気がどれほどじめじめとしていても、部屋の中にはまもなく、甘く温かい香りが漂うことでしょう。 外の環境は変えられなくとも、私たちの内なる空は、自分の手でいくらでも晴らすことができます。変えられない現実に嘆くのではなく、整えられた心で、今日というかけがえのない一日を力強く生きていきましょう。
今日も、共に前進です。
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