遠い歓声と、洗い立ての首輪――世界の熱狂よりも、静かなる日常の誠実を
二度寝を経て、目を覚ました午前4時。 まだ暗い家の中に、遠い異国の熱気が微かに漏れ聞こえてくるような朝でした。
4時からキックオフされた、ワールドカップ決勝戦。妻と一緒に観戦しようと二階へ上がると、彼女はすでに一人で画面を見つめていました。対戦カードは、スペインとアルゼンチン。それは単なるスポーツの頂上決戦という枠を超え、歴史という長い時間軸で見れば、「支配者」と「支配された者」という深い背景を持つ戦いです。画面の向こうで声を枯らすそれぞれの国民の胸の奥には、きっと言葉にはし尽くせない複雑で熱い思いが渦巻いていたことでしょう。
熱狂のハーフタイムと、静かなる手のひらの営み
歴史的な重みを帯びた前半戦の攻防を見届けた後、私はテレビの前を離れ、いつもの「掃除」へと向かいました。
- 昨日から洗剤に浸しておいた、愛犬ノアのリードと首輪を丁寧に洗い、干すこと。
- 資源ごみをまとめ、指定の場所へ出しに行くこと。
- お米を研ぎ、今日の一日の糧となるご飯を炊くこと。
世界中が固唾をのんで見守る後半戦。しかし、私はそれを見ることなく、一休みの後、自分自身の「朝のルーティンワーク」へと入りました。
「世紀の決勝戦の後半を見ないなんて」と驚かれるかもしれません。しかし、私にとっては、この朝の静かなルーティンこそが、どんな場合であっても最優先で行うべき「何よりも大事なこと」なのです。
歴史のうねりと、足元の錨
スペインとアルゼンチンの戦いのように、この世界は常に、国と国、大きな力と力がぶつかり合う歴史のうねりの中にあります。テレビの向こう側には、勝敗に一喜一憂し、自らのアイデンティティを懸けて熱狂する人々の姿があります。
しかし、その巨大な世界のうねりの中で、私たちが自分を見失わずに生きていくためには、心の中に深く下ろされた「錨」が必要です。
昨日から浸け置きされた汚れを洗い流し、ノアの首輪を綺麗にすること。 水音を立ててお米を研ぐこと。 資源ごみを仕分け、生活の場を整えること。
これらは、世界的なニュースには決してならない、取るに足りない小さな営みです。しかし、この手で触れることのできる「日常の誠実さ」にこそ、私たちの魂を繋ぎ止める本当の強さがあります。
聖書には、「小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」(ルカによる福音書
16:10)という言葉があります。 世界がどれほど大きな出来事に熱狂し、歴史が動くような瞬間に立ち会ったとしても、私たちの実際の人生は、今日食べるお米を炊き、愛する家族や命の世話をするという「小さな事」の積み重ねの上にしか成り立ちません。日々の静かなルーティンを守り抜くこと。それこそが、揺れ動く世界の中で、神様から託された自分の命の領分を、誠実に治めるということなのです。
熱を帯びた世界の中で、涼やかに生きる
洗い立てのノアのリードが、朝の空気の中で静かに揺れています。 後半戦の勝敗の行方は分かりませんが、私の中には、なすべき朝の営みを終えたという、静かで確かな安らぎがあります。今日はこれから、かなり気温が上がり、厳しい暑さの一日になるようです。
外の世界が高温に包まれる今日だからこそ、無理をして外出することは控え、涼しい部屋の中でゆっくりと過ごすことにします。
世界が何に熱狂しようとも、自分の守るべき日常の歩幅を崩さないこと。 狂騒から一歩退き、今日与えられた静かな生活の恵みを大切に味わうこと。
そのささやかな誠実さの積み重ねが、明日を生きる揺るぎない希望へと繋がっていくのだと信じています。
今日も、共に前進です。
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