『暗闇を照らすヘッドライトと、痕跡を残さない恵みの重さ』
真夜中の熱気と、玄関先の小さな奇跡
午前0時21分。二度寝の誘惑を断ち切り、静寂の中で一日が始まりました。 2階からノアを連れ出し、夜の気配が濃い外へと足を踏み出します。昼間の暴力的な熱気は引いたものの、空気はまだ25度の微熱を帯びて、肌にまとわりついてきました。
散歩のために玄関の扉を開けた瞬間、足元に置かれた「それ」に目を奪われました。 大きなスイカでした。教会員の方が届けてくださったものです。毎年、この時期になると必ず持ってきてくださるそのスイカ。決して近くにお住まいではありません。夜の闇の中、あるいは夕暮れの道を、自転車の荷台にこの重みを乗せて、わざわざ運んできてくださったのでしょう。
足元に置かれた大きなスイカを見つめながら、私はただの果物ではなく、言葉にはされない不器用で圧倒的な「大きな愛」そのものを受け取ったのだと、胸が熱くなりました。
痕跡を残さない愛の作業
そのままでは冷蔵庫には入りません。私は真夜中の台所に立ち、大きなスイカに包丁を入れました。 スプーンを手に取り、真っ赤な果肉を一つひとつ丁寧にすくい出し、タッパーに移し替えていくこと30分。切り落とした皮は細かく刻んで生ごみ処理機へ。飛び散った果汁を拭き取り、後片付けをすべて済ませました。 一切の痕跡を残さず、私はその場を離れました。そばでノアが「自分にもひと口もらえるのではないか」とじっと見つめていましたが、今日は少し我慢してもらい、私は次のルーティンへと歩みを進めました。
ふと気づかされたのです。 誰かが食べる「甘い果肉」の裏側には、必ず誰かの「見えない労力」があるのだということに。
見えない光に頼って走る
午前2時半。ヘッドライトの明かりだけを頼りに、起伏の激しい坂道コースへと走り出しました。
足元を照らす一条の光。その小さな円の中だけを信じて、一歩、また一歩と暗闇を切り裂いて進みます。坂道の苦しさに息が上がり、汗が噴き出しますが、歩みを止めることはありません。
22キロの道のりを走り抜き、午前4時半に帰宅しました。 家の中はまだ、深い眠りの底にあります。家族を起こさないよう、静かにリビングルームを通り抜け、風呂場へと向かいました。汗を流し、ノアに朝ごはんを与え、ようやく自分の仕事に取り掛かります。
普遍的な真理:用意されている恵み
今日の一連の出来事は、私にひとつの大切な真理を教えてくれました。
- 愛は、痕跡を残さない
自転車を漕いで静かにスイカを置いていってくれたあの後ろ姿も。家族が起きてきたとき、すぐに食べられるようにタッパーに詰められた果肉も。本当の愛や奉仕というものは、自分の苦労や汗の「痕跡」を相手に押し付けません。ただ、甘い喜びだけをそこに残していくものです。
- 私たちが目覚める前に、道は整えられている
私たちが日々受け取っている神様の恵みも、これと同じではないでしょうか。私たちが深い眠りの中で何も知らない間に、神様は私たちのために重い荷物を運び、苦い皮を取り除き、ただ「命の糧」だけを食卓に用意してくださっている。
私たちは時折、孤独であると錯覚します。自分の力だけで坂道を登っているような気になります。しかし、私たちが気づかないだけで、人生の玄関先にはいつも、誰かの祈りと、神様の大きな愛がそっと置かれているのです。
今日も、一歩ずつ
窓の外が少しずつ白み始めました。今日もまた、容赦のない厳しい暑さがやってくるでしょう。 重い扉を開けて、外の世界へ出ていくことをためらいたくなる日もあるかもしれません。しかし、私たちの足元には、暗闇を照らすヘッドライトのような、小さくても確かな「愛の痕跡」が残されています。
見えないところで支えてくれる人がいる。 眠っている間に恵みを用意してくださる方がいる。 その事実に心を預けながら、目の前の坂道を登っていきましょう。
今日も、共に前進です。
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