デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月22日水曜日

熱中症

 


☀️ 6時の太陽と「今日」だけを運び続ける祈り

【日常の風景:大年寺山公園の容赦ない光】

6時。手紙をポストへ投函し、大年寺山公園へと散歩に歩みを進めました。 時刻はまだ早朝だというのに、すでに太陽は高く昇り、容赦のない力強い光を大地に投げかけています。肌を刺すような熱気に、「暑い」という言葉が自然とこぼれ落ち、いよいよ本格的な夏が始まったのだと身体全体で思い知らされました。

ニュースによれば、昨日は熱中症で救急搬送された方々が過去最多を更新し、痛ましいことに命を落とされた方もいたそうです。連日、耳にタコができるほど熱中症対策が報道されているにもかかわらず、なぜこの状況は一向に改善されないのでしょうか。

 


【葛藤と気づき:習慣という名の分厚い壁】

その原因の奥底には、私たちが抱える「習慣」という分厚い壁があります。 「クーラーをつける」「こまめに水分を摂る」。頭では十分に理解していても、長年にわたって無意識のうちに身に付けてきた行動パターンを、昨日今日で変えることは本当に難しいのです。 特に、一人暮らしが増えた現代において、誰の目も声もない中で新しい習慣を定着させることは至難の業です。家族が傍にいて、繰り返し声をかけて初めて少しずつ変わっていくものですが、それすらも簡単なことではありません。

実は、我が家にも熱中症になりやすいタイプが一人います。妻です。 彼女は、暑さを感じてもなぜかクーラーを入れるのを我慢し、「この時間になるまで待つ」と決めたルールを固辞する不思議な人です。私と娘で注意はするのですが、やはり本人が心から必要性に気づかなければ、長年の習慣は改善されません。

私は、同じことを繰り返し口うるさく言うタイプではありません。「自分で考えて行動するように」と伝えた上で、日頃から生活空間を分けていることもあり、それ以上の言葉は飲み込んでいます。

 


【普遍的な真理へ:言葉ではなく、ただ「今日」の空間を共にする】

しかし、言葉で相手の習慣を無理やり変えられないからといって、無関心でいるわけではありません。 昨日から、私は娘を駅まで、妻をパート先まで、車での送り迎えを始めました。この厳しい夏場は、行きも帰りも二人を送迎することに決めたのです。

自分で言うのも少し気恥ずかしいですが、私もよく頑張っているなと思います。仕事をしながら、買い物をし、毎日のように夕食を作る。 正直なところ、この毎日の事がいつまで続けられるのか、確かなことはわかりません。途中で息切れしてしまう日も来るかもしれません。 だからこそ、私はこう決めています。

  • 明日のことは、明日になったら考える。
  • 先の不安は手放し、ただ「今日」という一日のことだけを考えてハンドルを握る。

これは、聖書に刻まれた静かで力強い真理そのものです。 「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

相手を変えようと躍起になるのではなく、ただ今日の行き帰り、涼しい車内という安全な空間を提供する。それは、言葉の代わりに「今日の分の恵み」を手渡す、静かな祈りのような行為なのかもしれません。

 


【今日も、共に前進です】

遠い先の未来を約束できなくても、今日のこの一歩、今日のこの一回の送迎を心を込めて行うこと。それこそが、私たちの日常に潜む確かな愛の形なのだと信じています。

暴力的なまでの太陽が照りつける、暑い一日がまた始まりました。 先のことは見えなくても、私たちには今日、踏み出すための一歩が与えられています。

 今日も、共に前進です。

 

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