デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月27日月曜日

よく頑張りました。

 


降り注ぐ恵みの中で、歩み続ける「頑張った賞」

節目に届く、小さな労いの声

教会学校では、二ヶ月に一度、休まず日曜日の礼拝に出席した子どもたちへ「頑張った賞」を贈っています。小さな手に渡されるその賞状は、雨の日も風の日も休まず通い続けた足跡を、そっと祝福するささやかな光です。

 

今朝、学校のために娘を駅まで送りました。 車のドアが閉まり、駅へと向かう後ろ姿を見送った帰り道。ふと胸の内に言葉が浮かんできました。

「よく頑張りました」

それは、娘へ、そして自分自身へと語りかける言葉でした。今朝の送迎が、前期の最後の務めだったからです。明日からは、いよいよ夏休みに入ります。

妻も8月に入れば、約2週間ほどの休みを迎えるといいます。長い日々を誠実に重ねてきた家族それぞれに、心からの「頑張った賞」を贈りたい思いが込み上げます。

 


止まらない歩みと、湧き出る力の源泉

家族がひとつの区切りを迎え、束の間の休息へと入っていく一方で、自分の仕事は変わらず続いていきます。11月に控えたサンティアゴ・デ・コンポステーラへの「祈りの旅」まで、私は歩みを止めることなく走り続けなければなりません。しかし、立ち止まって考えます。人が走り続ける、あるいは「頑張り続ける」ためには、何が必要なのだろうか、と。もちろん、健やかな身体や、途中で折れない意志、そして一歩を踏み出し続ける行動力は欠かせません。けれど、それらを生み出す人間自身の力には、いつか限界が訪れます。自分自身がどこかで確かなものに支えられていなければ、家族や誰かを支え続けることなど到底できません。

 その支えは、移ろいやすい人間の言葉や評価から来るものではありませんでした。 それは、どんな時にも、どんな状況であっても変わりなく降り注ぐ、恵みの雨のような力――主なる神様から与えられる、尽きることのない命の力です。

 

昨日、妻が作った料理を美味しくいただきました。

支えられて、支えて、今日を終える

聖書の中に、このような約束の言葉があります。

「疲れ果てた者に力を与え、勢いを失った者に大きな活力を与えられる。」

(イザヤ書 4029節)

毎朝、私たちはこの大いなる力をいただき、新しい一日を始めます。 自分の力だけで立ち続けようとするから疲れ果ててしまうのであって、天から絶え間なく降り注ぐ恵みの雨に身を浸すとき、私たちは再び誰かを支えるための温かな力を得るのです。

  • 家族の歩みの中に、小さな節目と労い(頑張った賞)を見出すこと。
  • 自分の限界を認め、変わらぬ恵みの源泉から毎朝の力を受けること。
  • 与えられた力を携えて、目の前の働きと明日への道を愚直に歩むこと。

今日もこうして神様に支えられ、そして誰かを支えながら、一日を無事に終えることができました。その奇跡のような循環の中に活かされていることに、静かな感謝が満ちていきます。自分に与えられた巡礼の道へと向かって。

今日も、共に前進です。

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