言葉なき愛の温度と、明日を走る覚悟
妻をパート先まで送る道すがら、ポツポツと雨が降り始めました。 「いつまで降るのだろう?」と呟く妻に、「予報では今の1時間だけだよ」と答える。そんな何気ない車内の会話から、今日という一日が始まりました。
送った帰りに買い物を済ませ、キッチンに立ちます。今日はほうれん草をゆで、人参ラペを作り、メインの鶏むね肉料理を仕込み、最後にサツマイモをじっくりと焼きました。
特別なことは何一つない、我が家の、そして私自身のつつましい日々の営みです。我が家は決して会話が多い方ではありません。けれど、家族を喜ばせたいという思いを込めて包丁を握り、火を使うことで、自分の気持ちを無言のうちに届けています。
沈黙の中に満ちる、かすかな問い
今日、妻からふとこんな言葉がこぼれました。 「今後ノアちゃんもイレネもいなくなると、ほけるかもしれないね」
私はその問いに、何の返事もしませんでした。多くのご家族が、認知症という課題と向き合いながら、奮闘して一日一日を過ごしておられます。体の病気であれば、痛みや症状がある程度目に見え、実感することもできます。しかし、認知症という病は、外からはなかなか理解することが難しい深さを持っています。
託されたものを、そのまま受け留める
ほんとうにその時が訪れたら——というよりは、今からしっかりと覚悟を決め、どう向き合うかを考え、祈り、学びながら備えていきたいと考えています。
- 恐れずに受け止める: どんな変化が訪れようとも、それを神様がご自分の手から私に託してくださった大切な「使命」として受け止めること。
- 共に生き切る: 逃げ出すのではなく、精一杯に向き合い、ただ同じ時間を共に生きていくこと。
目の前にある現実に過剰な意味づけをする必要はありません。ただ与えられた命と愛を、そのまま引き受けるだけでいいのだと気づかされます。
走り、祈り、愛し続ける
いよいよ明日から、新たな朝ランが始まります。 9月の目標は600キロ。2日走って1日休むというサイクルで、走る20日間に毎日30キロを刻んでいく計算です。決して無理な数値だとは思っていません。
人生の歩みも、ランニングも、本質は同じです。 特別な魔法を探すのではなく、一日一日、一歩一歩を愚直に重ねていくこと。走り続け、祈り続け、愛し続けるだけ。
この命がある限り。今日も、共に前進です。
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