人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。 (ペトロの手紙一1章24-25)
昨日、暑い一日であった。特にノアちゃんにとっては厳しい一日だったかも・・・ノアちゃんにとって夏は受難の季節である。毛深いのが冬には役に立つが、夏には苦しみをもたらす主な原因になる。被造物の生きものはそれぞれの季節、様々な環境に対応して生きなければならない。多くの場合、環境に適応して生きるように造られたのである。しかしこれは自然が破壊される前の話しである。人間によって自然が破壊され、温暖化が進まれ、地球そのものが痛みを負いその結果、今のように記録的な雨、暑さなど異常現象が現れているのである。
それにもかかわらず愚かな人間は自己欲に走り、こういう危険信号を重く受け止めない。つまり、最後の破滅まで走るつもりである。一番可哀そうなのは子供たちである。結局、大人たちの過ちの責任を今の子供たちが背負って生きるようになるからだ。やはり良くなる世界は期待できず、ますます悪くなる一歩である。それでも我々はこの世界で生きなければならない。
だから最後まで精一杯に生きることだ。主のために、自分のために、家族のために、周りの人々のために、どんなに最悪な状況が訪れたとしても最善を尽くして生きることである。皆が言っているように人生は甘くないが、それだからと言って悪い事ばかりでもない。どう生きるかは自分が決めることである。
与えられた今日の一日を楽しく、喜びをもって生きることもできれば、不平不満を言い、愚痴をこぼしながら不機嫌な表情で生きることもできる。少なくとも今日の一日の人生は自分が決めた生き方で生きることが出来る。ならば良い方を選んで生きるべきである。
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