2022年7月30日土曜日

気仙沼からの祈りの旅・・・しかし

これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」(創世記15:1

神に依り頼めば恐れはありません。人間がわたしに何をなしえましょう。(詩編56:12

恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け/わたしの救いの右の手であなたを支える。(イザヤ書41:10

イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。(マルコ5:36

皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。(マルコ6:50

 


― 気仙沼からの祈りの旅・・しかし・・・-

最初の人、アダムとエバが神様の命令に逆らい善悪を知る知識の木の実をとって食べた後、二人に現れた一番大きな変化は神様を恐れることでした。彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」(創世記3:10)それ以来、人間は生まれつき罪ある者(原罪)とされ、恐れが身について生まれるようになりました。さらにその恐れは生まれてから死ぬまで一生人間に付きまとう厄介なものになりました。その恐れや不安な気持ちになる人間の姿は現在の数多い保険内容を見ればわかります。今現在あらゆる種類の保険による商品が販売されています。そういう生まれつきの人間の弱点を用いて金を儲けているのは保険会社(保険会社が悪いのではなく、罪を犯して恐れるようになった人間が悪いですが・・・)です。しかしいくら頑張っても、いくら学習してもなくならないのがその恐れです。そのことを知っている神様は聖書の中で恐れるな、と命じています。聖書の中で神様が命令形で語った言葉の中で一番多いのは「恐れるな」という言葉です。なんと365回も出てくるからです。その恐れを克服する秘訣は祈りと神様の約束の言葉を忘れずに心に留めて生きることです。それには毎日の実践が必要です。つまり、毎日祈り(毎日祈らないキリスト者がいるだろうか?)、そしてみ言葉を毎日読み続けることです。それによって今の恐れを、そして急に訪れる恐れにも惑わされず主の御手に委ねて安心し、平安の内に過ごすことが出来るのであります。


 

さて、28日(木)2030分に仙台駅発盛岡行きの新幹線に乗りました。そして21時ちょうどに一ノ関駅で下車し、気仙沼行きのワンマン列車に乗り換えました。仙台に来て初めて乗った新幹線(東北方面)と気仙沼までのローカル線でした。気仙沼駅には2235分到着。乗車した人も少なかったのですがその時間帯の駅周辺も静かでした。自分はグーグルマップに頼ってスマホを見ながら歩きました。


 

夜だったので町全体の雰囲気は把握することが出来ず、ただ歩いている道の左右の光景だけが目に入りました。気仙沼市を抜け出すのに大分時間がかかりました。途中、大谷海岸では誰もいない海辺で波の音を聞きながら一休みをしました。大体3時間歩いたら56分休憩をとります。その休憩の時に靴を脱ぎ、足を乾かし新しい靴下で履き替えます。すると足に豆が付きにくくなります。それで履き替え用の靴下を8足用意して来ました。

 


自分にとって祈りの旅は子どもたちを始め、教会全員とその家族を覚えて祈る大事な時であります。気仙沼から45号線を歩き続きました。気仙沼を抜け出し、しばらく歩き続くと急に岩手県の看板が・・・ここは街灯一つもない真っ暗な道でした。しかしまた宮城県登米市の看板が出てきました。その内、夜明け始まりました。少し気持ちが晴れる時でした。それまでずっと暗闇の道を歩き続いたので・・・・

 


大分時間をかけて登米市街を歩き続けました。そして米山市を通り過ぎると今度は涌谷町が出ました。今回の祈りの旅で一番大変だったのが涌谷町で、さらにそれが原因(?)で長町まで歩いてくることが出来ませんでした。

 


涌谷町の中心街に入るためには山を越えなければならなくなり、その山道は長く、また歩道がないために走り車が僕のそばで風を引き起こしながら走って行きました。約5キロ以上の道が続き、休むこともできなかったので坂道を頑張って歩きました。するとトンネルが!!!これを通りぬくと下り道との意味です。

 


その山道を登り続けたのでそれが全体的な体力を消耗する原因になりました。そして涌谷町街を歩き続けた時は一番暑い時間帯となり、さらに木陰一つもない長い道が続いたので途中気分が悪くなり、少し頭がボーとする状態になりました。これは危険信号だと感じ、途中、地元の青果売り場に立ち寄り、タクシー会社の番号を知り、連絡して来たタクシーに乗って近くの小牛田駅まで乗せてもらい、小牛田駅からの電車で長町に帰って来ました。

 


熱中症で気を失い、倒れる前兆というのがどういうものかを教えてもらった気がしました。反省!

よく思い出したら歩くときに周りを見てもバックを背負って歩く人はほとんど居なかった気がします。日に焼けて黒い顔がさらにクロスケになり、まるで海水浴場でも行ってきた人のようになりました。(実際に気仙沼で大谷海水浴場には行ったことになりますが・・夜中に)


 

今後、夏の祈りの旅はやめることにしました。我が家では100回は言ったと思いますが・・・



今回の祈りの旅は約80キロの旅となりました。教会に帰ってきて一休みし、夜ノアちゃんと散歩をしたら10万歩になりました。倒れずに生きて帰ってきて感謝。周りが困ることになるので今後少しは注意して、よく考えて行動するように、と家の二人に厳しく言われました。やはり反省。

  

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