2024年4月17日水曜日

どちらにフォーカスを合わせて生きるか?

 さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。だから、地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。(コロサイの信徒への手紙315節)

 



上記の二枚の写真をよく見て下さい。カメラのレンズをどちらにフォーカスを合わせるかによって鮮明に撮られるか、ぼやけになるかが決まるのです。桜の花に合わせた場合はハクチョウがぼやけになるし、反対にハクチョウにフォーカスを合わせると桜の花がぼやけになるのです。同じく私たちが日頃からキリストにフォーカスを合わせて歩むか、それともこの世の事にフォーカスを合わせて歩むかによって人生の生き方、考え方、話し方、人との接し方、聞き方が変わって来るのです。日頃の関心を、いつもこの世的な事に合わせて生きる人は残念ながら死ぬまで本当の満足が得られないのです。

しかしいつもキリストの言葉、十字架の出来事を心に留めながら生きる人は本当に満足して平和に生きることが出来るのです。この二つの生き方を同時に生きることは出来ません。どちらかの一つを選んで生きることです。周りの人々はいつもこの世的な事に関心を寄せて、それを追及して生きるので満足することが出来ず悔いながら去って行くのです。そういう姿を見ていながら同じ道を歩んでいるのがこの世の人々です。そういう愚かな人にならず私たちは賢い人になることです。


2024年4月4日木曜日

4月です。

 


君侯に依り頼んではならない。人間には救う力はない。

霊が人間を去れば/人間は自分の属する土に帰り/その日、彼の思いも滅びる。

 


去る331日より、広瀬橋沿いには白鳥二羽だけが残っています。昨年からこちらで過ごしている例の一羽ともう一羽が残っているのですが、よく考えてみると昨年11月に一番早く見えたのはその一羽だけでした。白鳥は家族同士で移動するのですが一羽だけがやってきたのが不思議に思っていました。これまでは40羽近くの数だったので把握することが出来ませんでしたが。この一羽は他の白鳥の群れに紛れ込んで過ごしていたようです。それで330日に5羽が飛び立ち、例の一羽を別にした残りの6羽の内一羽は家族ではなかったようです。それで5羽だけが最後に飛び立ったあと、例の一羽のところで一緒に過ごしているのです。どうなるかわかりませんが、見守っていきたいと思います。もっと自由にさせてあげればと思いますが、しつこく近づく人々がいるので困っていると思います。(42日より)

 



今朝はランニングを休み、いつもの散歩ルートで広瀬橋沿いを歩くと二羽の白鳥がいましたが、一緒にではなく、別々のところで過ごしていました。人間と同じように白鳥の世界でも家族以外には一緒になるのがそう簡単ではないようです。今後、どういう姿を見せるか?ちょっと楽しみにしながら歩みたいと思います。

 


昨日は教会員の葬儀。今は家族葬が主流になっていて本当に10名以下の家族と教会の長老だけが集った小さな葬儀屋での葬儀礼拝でした。また前夜式はなく、葬儀だけのケースが多いと言うことです。しかしそこでも賛美歌が歌われ、御言葉が語られ、礼拝による葬儀だったので感謝でした。

 


4月はスタートの月です。ある意味、希望の月でもあります。しかし5月になると希望が絶望へと変わるケースもあるのです。それで5月病にかかって悩み苦しむ若者や生徒や社会人がいるのです。それをうまく乗り越えるとなんとなく前に進めるようになりますが、その壁を乗り越えないと今後が大変になります。それをどう乗り越えられるかが問題です。しかし多くの場合、その苦しみが長くなることはそれほどありません。特別なケースを除いては短期間での苦しみと悩みです。このタイミングをうまく用いて自分の壁をプラスに変えるかが鍵です。信仰者ならば信仰によって乗り越えられることが多いですが、ただなんとかなるとの曖昧な期待で勝負をかけると失敗することが多いです。また人間はプラス思考よりはマイナス思考になれているために悪くなることを想像し、考えてしまうので失敗するケースが多いです。時は必ず過ぎ去ることを知って辛抱することも大事かも知れません。結局のところ物事を決断し、前に進むかやめるかは自分が決めることであるからです。

 


しかし今日も新しい命が与えられました。新しい太陽が昇りました。24時間がスタートしてもう10時間が過ぎています。流れる時間を止めることは出来ませんが、時間を自分のために用いることは可能です。悩みと思い煩いで過ごすのではなく、自分のために楽しく、笑顔で過ごすことです。今日も生きることです。

シャワーラン

  あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。(マルコ 13 : 37 )   今日は雨の中を走り続けた。シャワーラン。 22 キロ完走。 雨にぬれてもまだ気持ち良い時期である。 これが一気に寒く感じるようになる。 それを常に意識...