2025年7月13日日曜日

ゆだねる心

 

日曜日の朝はランニングを休み、久しぶりに大年寺の階段から愛宕神社へ、そして広瀬川の川沿いを散歩してまいりました。約1年にも及んだ大年寺階段入り口の修繕が終わり、清々しい気持ちで石段を上りました。朝4時過ぎでしたので、まだ辺りは静寂に包まれており、鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる中、その景色を独り占めする、なんとも贅沢なひとときでした。

 


山から目覚めゆく仙台の街並みを見下ろしながら、そして広瀬川のほとりで元気に泳ぐ白鳥や、朝の散歩やランニングを楽しむ人々の姿を見ながら、ふと思いました。こうして体を動かし、今日という一日を始めようとする人々も、その胸の内には、それぞれ異なる悩みや痛み、苦しみを抱えて生きているのだろう、と。

 


人生は、自分の思い通りにはならないことばかりです。その事実を知った時、私たちの前には二つの道があるように思います。一つは「諦める」道。そしてもう一つは、人知を超えた大いなる存在に「ゆだねる」道です。

 

もちろん、その「ゆだねる」相手こそが、私たちの信じる神様です。

ただ、その場合にも忘れてはならない大切なことがあると、改めて思うのです。それは、自分の期待や願いが叶うこと以上に、「神様の御心がなりますように」と祈り、お任せすること。未来のすべてをご存知である神様が導かれる道こそが、私たちにとって最善で、最高の道であると信じる信仰です。



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