「日常」という名の、最も静かな祈り
凍てつくニュースと、温かな洗濯物
一月最後の日。窓を開けると、北国特有の刺すような冷気が部屋に流れ込み、眠っていた意識をシャープに目覚めさせます。ふと開いたニュースの画面には、耳を疑うような強盗事件や、終わりの見えない異国の争い、そして各地を白く閉ざす大雪の報が並んでいます。世界は依然として、解きようのない複雑な結び目のように混沌としており、私たちの心にそっと不安の影を落とします。
そんな騒がしい世界の音を背中に聞きながら、私はいつものように、ごく普通の「今日」を始めます。
繰り返される、名もなき儀式
私たちの家を飾るのは、特別な事件ではなく、ごくありふれた風景の積み重ねです。
- 起床と祈り: まだ暗い部屋で、静かに今日という日を委ねる。
- 愛犬との散歩: 霜の降りた道を歩く、小さな足音と吐息。
- ゴミ出しと洗濯: 昨日の汚れを払い、また新しい一日を整える。
- ランニング: 氷点下の空気を吸い込み、身体の芯から熱を生み出す。
- 買い物と料理: 誰かの健康を思い、旬の食材を選び、スープを煮込む。
聖書を読み、掃除をし、時には家族と笑い合い、明日への準備をする。 傍から見れば、それはどこにでもある、何の変哲もない日常かもしれません。けれど、この一つひとつの「名もなき動作」こそが、荒れ狂う嵐のような世界の中で、私たち家族が倒れずに立ち続けるための、最も力強いエンジンの回転音なのです。
混沌に抗う「普通」の力
なぜ、私たちはこれほどまでに「普通」を繰り返すのでしょうか。 それは、世界が複雑であればあるほど、シンプルに生きることこそが最大の抵抗であり、祈りになるからです。
かつて、大きな嵐の中で弟子たちが怯えていたとき、主はただ静かにそこに居られました。 特別な魔法で世界を一変させることよりも、今日、目の前にあるパンを分け合い、共に歩むこと。神様が私たちに託されたのは、壮大な成功物語ではなく、**「今日という一日を、愛を持って丁寧に造り上げること」**だったのではないでしょうか。
「あなたがたの神、主が命じられた道をひたすら歩みなさい。そうすれば、あなたがたは命を得、幸いになり、あなたたちのものとなる土地に長く住むことができる。」(申命記 5章33節より)
大きなニュースの裏側に、私たちのささやかな食卓があり、祈りがあります。その「普通」を積み重ねること。それこそが、神様から与えられた命を最も誠実に、大切に扱うということなのだと、冷えた空気の中で確信しました。
希望を編む、あなたの手へ
もしあなたが今、世界の混沌に押しつぶされそうになっていたり、「自分は何も特別なことができていない」とため息をついているなら、どうか思い出してください。
あなたが今日、誰かのために淹れたお茶、丁寧に畳んだ洗濯物、そして静かに捧げた祈り。 それらすべてが、この世界に灯される小さな、けれど決して消えない希望の光です。
一月が終わり、また新しい月が始まります。 特別なことはなくていい。ただ、与えられた今日という器を、あなたの誠実さで満たしていきましょう。
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