消えゆく塔の光と、3月31日の「呼吸」
夜の静寂に、バトンを渡す
愛犬のノアちゃんとの散歩を終え、リードを置いた午後22時半。 いつもとは違う一歩を踏み出しました。
初めての夜ラン。 3月の累計走行距離「500キロ」という、自分自身と、そして主との約束を果たすための、残り15キロの旅路です。
街の空気は、昼間とは違う密度を持っていました。 街灯の下、長く伸びる自分の影を追い越しながら、夜の仙台を駆け抜けます。
「お疲れ様」という、心の中のハグ
最終電車が駅に着き、家路を急ぐ人々の姿が見えました。 改札を抜け、少し疲れた足取りで歩く一人ひとりに、走りながら心の中で声をかけます。
「お疲れ様でした。今日は、どんな一日でしたか?」
ある人は仕事の達成感に浸り、ある人は言いようのない寂しさを抱え、またある人は家族の待つ家を想っている。 見ず知らずの他者であっても、この夜の闇を共有している仲間のように思えるから不思議です。
世界は、こうした名もなき人々の、切実で誠実な「一日」の積み重ねによって、今日も静かに動いているのだと肌で感じました。
13キロ地点、日付が変わるサイン
走りが13キロを過ぎた頃、ふと視線を上げると、向山の塔のライトが静かに消えました。
深夜、0時。 光が消えたその瞬間、世界は「3月31日」という新しい、そして3月最後の一頁をめくりました。
「ああ、今日で3月が終わるんだな」
そう思った時、不思議な安堵感と、それ以上に静かな覚悟が湧いてきました。 月が変わる、年度が終わる。世の中は区切りをつけて騒がしくなりますが、私たちがやるべきことは、実は何も変わりません。
朝が来れば目を覚まし、隣人を愛し、与えられた命を精一杯に使い切ること。 500キロという距離も、結局はそんな「今日という一日の誠実さ」を500回積み上げた結果に過ぎないのです。
最後の一頁を、丁寧に生きる
私たちはつい、何かの「最後」に特別な意味を探そうとします。 けれど、一番大切なのは、特別な日を特別に生きることではなく、変わりゆく時間の中で「変わらない愛と誠実さ」を持ち続けることではないでしょうか。
不条理なニュースが流れ、混沌とした世界は続いています。 それでも、夜の街を黙々と帰るあの人たちのように。 500キロの祈りを抱えて走り続ける私のように。 私たちは、自分に与えられたコースを、ただ信じて進むだけです。
「正義は必ず不義に勝つ」 その確信を足音に込めて、私は3月最後の日を、最高のコンディションで踏み出します。
3月の500キロ完走、本当におめでとうございます。 夜ランの後の身体を温かなスープで癒やし、4月という新しい「祈りのスタートライン」に立たれる皆さんを、心から応援しています。
今日も、前進です。
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