24時間の旅路と、3時間の恵み ―― 「損得」を超えた場所にあるもの
■ 曇り空の下で、静かに整える日常
今朝の仙台は、曇り時々雨。 湿った空気が部屋に入り込み、静かな一日の始まりを告げていました。昼食用に焼うどんを作り、醤油の香ばしい匂いが台所に満ちていきます。
ノアの食べ物が切れてしまったので、近くの八百屋へ。 彼の大好物であるリンゴとサツマイモを手に取りながら、
「明日も元気に階段を上ってほしい」と願う自分がいました。
夕方からは、娘が長町でアルバイト。 家族それぞれが自分の持ち場へ向かう、穏やかな午後です。
■ 非効率な旅路の、圧倒的な意味
今週は大切な務めが続きます。
土曜日は納骨式。 そして日曜日の夜には関空へ飛び、翌4日の早朝、列車で和歌山の上洞へ向かいます。記念会の司式はわずか3時間。 しかし、そのために費やす移動時間は24時間を超えます。この世の計算式では「非効率」そのものです。 けれど、この“計算の合わなさ”の中にこそ、 神の国の価値観が隠れているのではないでしょうか。
■ この世の計算とは異なる「恵みの法則」
聖書は、私たちの常識を軽やかに超えていきます。
九十九匹を置いて一匹を探しに行く羊飼い。 わずかな時間働いた者に、同じ賃金を与える主人。そこに流れているのは、
効率ではなく、愛によって動く“恵みの法則”です。
3時間のために24時間を捧げる旅路。 その「余白」にこそ、 誰かを思う真心と、主への誠実さが宿ります。
■ 4月の締めくくり、新しい一歩へ
明日は4月の最終日。
床屋へ行き、身なりを整え、そしてまた走り出す予定です。
あなたの生活の中にも、 一見「無駄」に見える時間があるかもしれません。
しかしその非効率こそが、 あなたの人生を“恵み”で満たしているのかもしれません。
数字では測れない愛の計算を、どうか大切にしてください。 その誠実な歩みを、主は必ず見ておられます。
今日も、共に前進です。




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