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2026年5月30日土曜日

いのち

 


今、私たちの社会が直面している深刻な問題の一つは「生命軽視の風潮」である。小学生からお年寄りまで、年齢を問わずさまざまな理由で自ら命を絶つ人が後を絶たない。自殺行為は理由を問わず、社会の病理現象を表している。厚生労働省が公表した確定値によると、日本における2025年の年間自殺者数は19,188名にのぼった。

フランスの社会学者であるエミール・デュルケームは、このような自殺現象を4つに分類している。まず「集団本位的現象」は、社会の統合過程で個人の関心や命が過小評価されるときに起こる。次に「自己本位的現象」は、社会規範が個人の行動を規制する機能を失い、孤立を深めたときに現れる。三つ目の「アノミー的現象」は、社会の激変期に価値観の混乱によって方向感覚を喪失したときに起こる。最後に「宿命的現象」は、社会悪によって規定された犯罪行為から受ける心理的圧迫や、名誉毀損による侮辱など、逃れられない絶望から発生するという。これらの観点から見ると、今の私たちの社会における生命軽視現象は、単一の一時的な分類にとどまらず、総体的に複合化された現象であると言える。

神様は初めに人をお造りになったとき、他の被造物とは違って「極めて良かった」と言われた。つまり、神様の創造秩序は「生命重視」から始まったと言えるのである。その生命の価値は、神様が人の鼻に命の息を吹き入れたときに完成された。従って、人の生命が神様によって与えられた大切なものである限り、生命は自らの判断によって決めるものではなく、造り主の御心によって決定されるべきである。それが創造秩序を守ることだからである。

この世にあるどんな神秘的なものであれ、生命の神秘に勝るものは存在しない。生命それ自体が尊厳であり、美しいのである。生命倫理の根本は、神様が創造された人の生命を尊重し、大切に守ることにある。私たちの命は他でもない、天地創造の神様、すべてのものに生命を与えた神様によって授けられたものだ。

夫婦の間、親子の間、姑と嫁の間、兄弟と姉妹の間――あなたはそれぞれの相手を、神様が創造された尊い生命として尊敬し、愛し、大事にしているだろうか。そして、もしそうだとしたら、神様が与えてくださったもう一つの共同体である「教会」という神の家族をも大事にしているだろうか。

「極めて良かった」という神様の御声に、私たちはもう一度、深く耳を傾けるべきである。

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