光を浴びる30分と、一年を約束する盾 ―― 究極の安息へと至る午後
いつもの暗闇を抜け出し、陽だまりのなかへ
午前中のやわらかな日差しが、街の輪郭をくっきりと照らし出す時間。無事に一つの大きな責任を果たし終え、私たちは静かな感謝と共に我が家へと帰ってきました。
今日は、愛犬ノアちゃんの狂犬病予防接種の日でした。 普段は、人々が寝静まっている早朝の暗闇の中を共に歩くことが多い彼ですが、今日は久々に、明るい時間帯に外へと出かけました。13歳という穏やかなシニアの時を迎えているノアちゃんは、見慣れた景色が太陽の光に満ちていることが嬉しいのか、全身で光を浴びながら、とても元気に、そして誇らしげに歩幅を進めていました。その黄金色の毛並みが光に透ける姿を見つめながら、私の心にもポカポカとした温かい温度が広がっていくのを感じました。
待つことの意味と、手渡された「一年の安心」
先日、動物病院の予約をしたのですが、しかし動物病院の順番を待つため、私たちは外で約30分の時間を過ごしました。
一方で、診察室に入り、注射を含む検診にかかった時間はわずか10分弱。あっという間の出来事です。
人間社会の効率という物差しで測れば、「たった10分のために30分も待つなんて」と、焦りやため息がこぼれてしまうかもしれません。しかし、光のなかでノアちゃんと寄り添いながら過ごしたその30分間は、決して無駄な空白ではありませんでした。 それは、言葉を持たない家族に「大丈夫だよ」と寄り添い、彼を社会の病から守るための「愛の盾」を受け取るための、尊い準備の時間だったのです。ほんの少しのチクリとした痛みと、それを待つ忍耐。その対価として、私たちは「これで一年間は安心して過ごせる」という、何ものにも代えがたい大きな保証を手に入れました。
私たちの人生の歩みもまた、これと同じではないでしょうか。長い時間をかけて祈り、じっと耐え忍んで待つ時間があるからこそ、その後に与えられる一瞬の恵みが、私たちの心に「揺るぎない安心の土台」を築き上げてくれるのです。
安息を祝う、キッチンでの静かなる礼拝
無事に帰宅し、肩の荷を降ろした私は、静かにキッチンの舞台に立ちました。 ランチには、冷たい水でキリッと締めたそうめんを作りました。喉を滑り落ちる清涼感が、午前中の緊張と疲れを優しく洗い流してくれます。
そしてその後、私は「究極のケーキ」をオーブンに入れて焼き上げました。 昨日仕入れた豊かな果実やナッツの香りが、甘いスパイスの魔法と共に部屋中を満たしていく時間。それは単なるお菓子作りではなく、「我が家にまた一つ、確かな安全と平和が約束されたこと」を祝う、静かで豊かな感謝の表現です。聖書は、なすべき務めを終え、神の守りのなかに身を委ねる者の安息を、このように美しく歌い上げています。
「平和のうちに私は身を横たえ、そして眠ります。主よ、あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。」(詩編 4編9節)
戦うべき時には戦い、守るべき責任をしっかりと果たしたならば、あとはもう、張り詰めた心の糸を解いて良いのです。 「これからはゆっくり休みます」と宣言できること。それこそが、神様の大きな手のひらの上で生きている私たちが持つことのできる、最高の特権なのです。
今日を労い、恵みを味わい尽くす
あなたも今週、誰かのために長い時間を待ったり、自分のエネルギーを削って大切なものを守り抜いたりした瞬間があったのではないでしょうか。もしそうなら、今週末はどうか、自分自身の魂に「究極の安息」をプレゼントしてあげてください。
- 光を浴びる時間を愛する: いつもと同じ景色であっても、時間帯や見方を変えるだけで、そこに降り注ぐ恵みの光に気づくことができる。
- 「待つ時間」を肯定する: すぐに結果が出ない30分の待ち時間も、未来の安心を確かなものにするための、愛のプロセスとして大切に抱きしめる。
- 自分に「休む許可」を出す: なすべきことを終えたなら、美味しいものを食べ、甘い香りで部屋を満たし、堂々と「これからは休む」と宣言する。
甘い香りの漂う、午後の聖域で
オーブンから取り出された究極のケーキは、今、静かに粗熱を取られながら、その奥深い旨味を自らの中に閉じ込めようとしています。 陽だまりの中を元気に歩いたノアちゃんも、今は安心しきった表情で、深い眠りの中へと落ちていることでしょう。
今日、果たすべき愛の責任はすべて完了しました。 漂う甘い香りの中で、心ゆくまでゆっくりと身体を休め、新しく約束されたこの一年の平和を、全身で深く味わい尽くしましょう。
満たされた魂の休息が、また明日からの力強い歩みを生み出してくれます。
今日も、共に前進です。
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