嵐を越えて握り合う手 ―― 二十四時間の旅路と、不条理を越える信仰
雨に濡れた滑走路、眠れない夜
五月三日、二十時。私は仙台空港を飛び立ち、大雨と嵐に揺れる関西へと向かいました。 関西空港の第二ターミナルに降り立ったのは、二十一時三十分。そこには建物へ続く連絡口はなく、吹き付ける嵐の中、滑走路を皆で走って移動するという、初めての経験をしました。シャトルバスと電車を乗り継ぎ、泉佐野のホテルへ。雨は止まず、体は冷え、八階の部屋にいても嵐の音が鳴り響く。そんな、ほとんど眠れない夜を過ごして、私は和歌山の御坊(ごぼう)を目指しました。
十年という歳月、変わらない眼差し
朝のバスと特急「くろしお」を乗り継ぎ、御坊駅に降り立つと、そこには十年前の葬儀以来となる娘さん夫婦が待っていてくれました。 御坊から目的地の上洞までは約二十五キロ。かつてノアちゃんと共に歩いたあの道を、懐かしく思い返しながら車窓から写真を撮り、山深い地へと向かいました。そこに待っていたのは、東京や大阪から集まった二十名の大家族でした。
三時間の記念会。共に礼拝をささげ、用意されたご馳走を囲み、ノアちゃんと歩いた日々の思い出を語り合う。最後には「わたしの葬儀も、先生にお願いします」 そう託された言葉の重みに、二十四時間の旅路をかけてここへ来た意味を、静かに噛み締めました。
離さなかった手のぬくもり
再び御坊駅に戻ると、そこには、かつての教会の長老夫妻(九十七歳と九十三歳)と、そのご家族が待っていました。 一三時三十分から一四時まで、駅の待合室で過ごした三十分間。二人は私の手を、最初から最後まで、ずっと握りしめて離しませんでした。
娘さんの突然の死、そして今も続く長年にわたる子供たちの病。 長年、想像を絶するような苦しい状況に追い込まれながらも、彼らがすべてを耐え抜くことができたのは、主イエス・キリストに対する揺るぎない信仰があったからでした。
「娘が亡くなった後も、父は黙々と、次の週の教会の説教看板を描き続けていたんです」 沖縄で牧師夫人をされている娘さんが、そう教えてくれました。不条理な悲しみの中でも、主への奉仕の手を止めない。
その九年間の歩みを、私は牧者として間近で見てきました。 いよいよ別れの時間になり、電車に乗り込む際も、二人はギリシャ神話の彫刻のように私の手を握りしめ、ついには隣の娘さんが無理に手を離さなければならないほどでした。
あの手の震えとぬくもりは、言葉を超えた「愛」そのものでした。
不条理の中の、確かな光
私たちの人生には、なぜこれほどまでの苦しみが続くのかと、天を仰ぎたくなる瞬間があります。大切な人の死、癒えない傷、そして襲いかかる嵐。
けれど、聖書はこう告げています。「神の国は、見える形では来ない。……実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカによる福音書 17章20~21節)
神の国とは、どこか遠い場所にあるものではありません。 不条理を信仰によって耐え抜き、悲しみの中でも看板を描き続け、十年の歳月を超えて固く手を握り合う。その「関係」と「誠実さ」の中にこそ、神の国はすでに現れているのです。
嵐の夜も、別れの涙も、すべては主の計画の中にあります。 自分を理解してくれる誰かがいる。共に祈り続ける約束がある。それだけで、人は再び立ち上がり、前を向いて歩き出すことができるのです。
休足という、備え
仙台に戻り、丸二十四時間の旅を終えた今、心地よい疲れが私を包んでいます。今日のランニングは休むことにしました。それは、明日から始まる連日の三十キロラン、そして来週の成田での講演会という「次の山」へ向かうための、積極的な備えです。
あなたの今日が、たとえ嵐の中にあったとしても。 あなたの頑張りを誰も見ていないように思えても。 主は、あなたが誰かのために差し出したその手のぬくもりを、決して忘れません。今はただ、静かに目を閉じて、与えられた恵みを数えてみてください。
そして、備えられた「明日」へと、ゆっくりと心を整えていきましょう。
今日も、共に前進です。
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