明日4日(月)は、教会員の記念会司式のため、今晩の飛行機で仙台から関空へ向かいます。
この奉仕は、御坊はこぶね教会の教会員の方から昨年依頼されていたもので、今年度から同教会が無牧となったこともあり、祈りつつお受けしました。
式は、故人のご自宅がある和歌山県日高郡印南町上洞(現・88人村)で行われます。私が牧会していた頃、病のため礼拝に来られなかった故人を、ノアちゃんと共に月3〜4回訪問していました。往復約50キロの道のりを、真夏もノアちゃんはよく歩いてくれました。あれからまもなく10年。今年の6月で、天に召された日からちょうど10年の節目を迎えます。当日夕方便で仙台に戻る予定です。
「故 太田忠楠兄召天10周年記念会」04-MAY-2026
聖書:ヨハネによる福音書14章1~7節
本日、私たちは故・太田忠楠兄が天に召されてから10年という節目を迎え、こうして共に集い、記念会を持ちますことを、心から感謝いたします。10年前のあの日、私たちは深い悲しみの中で、忠楠兄を主の御手におゆだねしました。
しかし、あの夜、私たちが共に
聴いた聖書の言葉は、今も変わらず、私たちの心に語りかけています。
「あなたがたは心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。
わたしの父の家には住むところがたくさんある。」(ヨハネ14:1–2)
この御言葉は、イエス様が十字架に向かう直前、弟子達に語られた言葉です。不安と恐れに包まれる弟子たちに、イエス様は「心を騒がせるな」と語りかけ、ご自身が彼らのために「場所を用意しに行く」と約束されました。
忠楠兄は、まさにこの約束を信じて歩まれた方でした。病と共に歩む日々は決して平坦ではありませんでした。酸素ボンベを手放せない生活、繰り返される入退院、そしてご自宅での介護生活。
しかし、そのすべての歩みの中に、主を信じる信仰がありました。
そして、その信仰に支えられたご家族の愛と献身がありました。
「2016年6月19日付の教会週報に私が書き記したコラムを、ここで少しご紹介させていただきます。」・・・・・
「2016年6月19日の御坊はこぶね教会の週報のコラム」
6月13日・14日に大阪で行われた全国連合長老会の会議に出席していた折、太田和代姉から二度、電話がありました。13日の最初の電話を受けた時から、心の準備はしていました。そして14日午前、会議中に再び電話があり、「今日を乗り越えるのは難しいかもしれない」との知らせを受けました。私はすぐに会場を後にし、駅へ向かいました。14時頃、御坊駅に到着し、安兄の車で和歌山病院へ向かいました。病室には、忠楠兄のお兄さんご夫妻、長女と次女、そして長女の末の息子さん(高校生)がいらっしゃいました。血圧は上下を繰り返しており、不安定な状態でした。午後5時過ぎ少し落ち着いた様子が見えた為、私はメモリアルウエストに向かい、今後の段取りについて打ち合わせを行い、その後教会に戻りました。その日の21時30分頃、和代姉から再び電話があり、「ただ今、天に召されました」とのこと。すぐに病院へ向かいました。その後、一度帰宅していた次女と三女も駆けつけてくださいました。お二人は看護師であったため、病室で忠楠兄の最期の処置を、看護師の方々と共に丁寧に行って下さいました。そこには、「悔しい」「悲しい」といった雰囲気はまったくありませんでした。神様が、十分な別れの時を与えてくださったからです。その間、私は葬儀社に連絡を取り、お迎えの準備をお願いしました。やがてご遺体の搬送準備が整い、葬儀社の車に乗せられて上洞へ向かいました。私はその車の後を追って走りました。暗い道を進みながら、かつてこの道を歩いて忠楠兄に会いに行った日々を思い出していました。やがて上洞に到着し、忠楠兄をお部屋にお寝かせし、祈ったあと、翌日の段取りを打ち合わせてから教会に戻ると、日付はすでに変わっていました。すぐに前夜式のプログラム作成、印刷、説教の準備に取りかかりました。前夜式の朝がやって来ました。午前中は会場の設営を行い、駐車場の鍵を借りるために美浜町の谷口さんのもとへ伺いました。一連の流れは驚くほどスムーズに進み、確かに主の御手が働いておられることを感じました。前夜式には約86名の方々が集い、共に忠楠兄を偲びつつ、
礼拝に与りました。おそらく、初めてキリスト教の葬儀に出席された方も多かったのではないかと思います。本当に恵みの時でした。主は忠楠兄を用いて、福音に出会う機会を与えてくださいました。恵みに満ちた前夜式を終え、私は再び告別式のプログラム作成と説教準備に取りかかりました。やがて朝が来て、告別式が始まりました。多くの方々が礼拝に集い、御言葉に耳を傾けました。教会でのすべてのプログラムを終えた後、棺は美浜町の斎場へと運ばれました。礼拝に始まり、礼拝で終わった忠楠兄の葬儀。焼き上がったとき、そこに忠楠兄の姿はもうありませんでした。主の御言葉のとおり、灰となり、塵に帰っていかれたのです。残されたご遺骨は、お墓用と教会用の壺に分けて納め、再び上洞へ。最後にご自宅へお骨をお届けし、共に祈りを捧げてから教会に戻りました。忠楠兄は今、天の御国で、主が備えてくださった祝宴に与っておられることでしょう。
きっと、「永遠の命に与って、本当に良かった!」と叫んでおられるに違いありません。
喜びの悲鳴を上げておられることでしょう。 それほど、天国は素晴らしい場所なのです。
和代さん、本当にありがとう。「おかげで、わしは主に出会い、天国に来ることができたよ。
本当にありがとう。本当に。」(終)
和代姉をはじめ、ご家族の皆さまが共に背負い、共に祈り、共に涙を流しながら歩まれた日々。それはまさに「愛によって仕える」という信仰の実践であり、神の国の希望を証しする歩みでした。私もまた、その歩みの一端に加えられたことを、今も感謝しています。上洞での集会、ノアちゃんとの祈りの訪問、そして共に過ごした静かな時間。それらは、私にとっても忘れがたい恵みの記憶です。忠楠兄の信仰と忍耐そして感謝に満ちた最後の涙は、今も私の心に深く刻まれています。
🌿死は終わりではなく、帰ること
聖書は、死を「終わり」とは語りません。むしろ、「帰ること」として語ります。イエス様は、「わたしのいるところに、あなたがたもいることになる」と約束されました。それは、私たちのために用意された天のふるさとがあるということです。
忠楠兄は、そのふるさとへと帰られました。 そして今、私たちもまた、そのふるさとを
目指して歩んでいます。この地上の人生は、永遠の命に至る旅路の一部です。だからこそ私たちはこの人生を、希望をもって歩むことができるのです。
✨今を生きる私たちへの励まし
10年という歳月は、長いようでいて、振り返ればあっという間だったかもしれません。 けれども、その間に、私たちは多くのことを経験し、学び、祈り、支え合ってきました。
忠楠兄の生き方、信仰の姿勢、そして家族への深い愛は、今も私たちの心に生きています。
その証しは、消えることなく、次の世代へと受け継がれていくのです。ですから、
どうかこの記念の時を、ただ過去を懐かしむだけの時とせず、これからを生きる私達が、信仰と希望と愛に生きる決意を新たにする時とさせていただきましょう。
最後に、もう一度この御言葉を心に刻みます:
「イエスが死んで復活されたと、私達は信じています。 神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、
イエスと一緒に導き出してくださいます。」(Ⅰテ4:14)
この約束こそが、私達の慰めであり、希望であり、そしてどんな困難の中でも前を向いて生きる力となるのです。
祈祷
救い主イエス・キリストの父なる神様、 あなたの深い愛と真実に心から感謝いたします。
10年前、あなたの御手におゆだねした太田忠楠兄の信仰の歩みを、 今日こうしてご家族の皆さんと共に思い起こすことができる恵みをありがとうございます。
どうかご遺族お一人おひとりの上に、あなたの慰めと平安、そして新たな希望と力を豊かに注いでください。私たちもまた、忠楠兄のように、
主イエスを信じ、与えられた人生を感謝と愛をもって歩むことができますように。この祈りを、私たちの救い主、主イエス・キリストの御名によっておささげいたします。 アーメン。
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