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2026年5月9日土曜日

「今」を抱きしめる静かな約束

 


闇と光の境界線で ―― 「今」を抱きしめる静かな約束

午前二時の階段、二つの時間の交差点

深い静寂に包まれた時刻、私は愛犬のノアと共に散歩へ出かけました。散歩を終え、二階へと自力で階段を上っていくノアの背中を見送りながら、心に浮かぶのはやはり「感謝」の一言です。いつか彼が歩けなくなるときが来れば、私はこの腕で彼を抱え、階段を上り下りすることになるでしょう。幸い、今の私にはまだその力が備わっています。だから「その時はその時で、何とかなる」と思える。未来の不安に怯えるのではなく、目の前の一段を自ら踏みしめるノアの姿、その「今」を何よりも大事にしたいのです。

ふと時計を見つめ、自問します。これは一日の始まりなのか、それとも終わりの残照なのか。おそらく、その両方なのでしょう。私たちは一つの終わりを告げると同時に、新しい始まりへと足を踏み入れています。


 


自分と交わす「25キロ」の約束

散歩を終えた私は、これから二時間ほど仕事に向き合い、それから再び少しの眠りにつきます。いよいよ明日は、仙台国際ハーフマラソン。街が熱気に包まれるその早朝、私は一人、25キロを走ることを自分自身と約束しました。

昨年は勢いに任せて43キロを駆け抜けましたが、今年はあえて25キロに留めることにしました。これで五日間連続のランニングとなります。来週から四日間、成田でのセミナーや講演のために仙台を離れます。その「空白」を埋めるため、そして自分が定めた「週百キロ」という規律を守るため。それは誰に強制されたわけでもない、自分との小さな約束です。けれど、その約束を守り抜くことが、私の牧会者としての、そして一人の人間としての体幹を支えてくれているのだと感じます。


 


「今日」という一日の完結と萌芽

私たちは明日を憂い、過去を悔いることに多くの時間を費やしてしまいます。けれど、散歩で見せたノアの迷いのない足取りは、真理を雄弁に物語っています。

「だから、あしたのことを思いわずらうな。あしたのことは、あした自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」(マタイによる福音書 634節)

一日は始まりであると同時に、終わりでもあります。今日という日に与えられた力を使い切り、満足して眠りにつく。そして目覚めたとき、再び新しい恵みとしての一歩を踏み出す。その繰り返しこそが、私たちの「生」を形作ります。

夕方ごろまで吹いていた強風も、今は静かに止んでいます。明日はきっと、素晴らしいマラソン日和になるでしょう。それは大会に出るランナーにとっても、そして早朝の静寂を走る私にとっても、等しく降り注ぐ神様からの微笑みのようなものです。


 


整えられた心で、一歩先へ

あなたにとって、今は「始まり」のときですか、それとも「終わり」のときですか?    たとえどのような重荷を背負っていたとしても、明日を無理に引き寄せようとする必要はありません。今、目の前にある一段を上りきること。自分と交わした小さな約束を、大切に守ること。「その時はその時で、何とかなる」そう信じられるのは、今日まであなたを支えてきた確かな御手があるからです。

一時の休息を大切に。そして、新しく備えられた朝の光の中へと、勇気を持って踏み出していきましょう。

今日も、最後まで共に前進です。

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