祈りの一歩、愛のひと匙 ―― 37キロの路上の先にあるもの
重い足元、静かな朝の鼓動
三日ぶりのランニング。今朝は37キロの道のりを走り抜けました。タイムは3時間16分54秒、平均ペースはキロ5分19秒。平均心拍数は130bpm、消費したカロリーは2,362kcal。手元の時計が刻む数字は、私の身体が刻んだ「生」の記録です。
世間では連休の最終日ですが、私にとっては休息の連休ではありませんでした。嵐の中を駆け抜けた和歌山への旅、そして大切な務めとしてのハードなスケジュール。その疲れが残っていたのでしょう。走り出した瞬間、足元が鉛のように重く感じられました。
路上の祈り、遠くの友へ
重い足を引きずるようにして進む中で、私の心は自然と、先日の旅で再会した人たちのもとへと飛んでいました。上洞の山深い地で待っていてくれた二十名の大家族。そして、御坊駅の待合室で、私の手を最後まで離さなかった長老夫妻。一歩、また一歩。地面を蹴る振動と共に、一人ひとりの顔を思い浮かべ、彼らの上に主の平安があるようにと祈りました。不思議なものです。自分の記録や体の重さだけに目を向けている時はただ苦しいだけなのに、誰かのために祈り始めると、その一歩は「義務」から「献身」へと変わります。
走り続けてよかった。37キロという長い孤独な時間こそが、遠く離れた兄弟姉妹たちと霊的に深くつながるための、尊い祈祷室となったのです。
お弁当箱に詰める、小さな神の国
明日から、私たちの日常はまた新しく動き出します。看護の道を志す娘も、明日から保育園での実習が始まるとのこと。園児たちと同じ空間で、一緒にお弁当を食べる。その光景を想像するだけで、心が温かくなります。我が家の食を支える買い物と料理は、私の大切な役割です。これから、娘のお弁当のための素材を買いに出かけます。
聖書には、このような言葉があります。
「あなたがたが、これらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」(マタイによる福音書 25章40節)
37キロを走り抜く強さも必要ですが、小さなおかずを丁寧に作り、お弁当箱に詰めるという微細な愛もまた、同じくらい尊いものです。 世界を騒がせる大きなニュースや不条理な出来事の中でも、私たちがキッチンで野菜を刻み、家族の健康を願い、誰かのために祈る。そのささやかな「生の営み」の中にこそ、神様の国は静かに、しかし力強く現れているのだと確信しています。
整えて、また踏み出す
今日までを「整え」の時とし、明日からは来週の成田でのセミナーに向けた最終確認と準備に取り掛かります。身体を休めることも、誰かのために料理をすることも、すべては主から与えられた使命の一部です。
あなたの足元が、今朝の私のように重く感じられることはありませんか?
そんな時は、自分の重荷だけでなく、誰か大切な人の顔を思い浮かべてみてください。 あなたのその一歩、その手が、誰かの支えになっている。そのことに気づくとき、私たちは再び新しい力を得ることができます。
さあ、新しい一週間が始まります。 感謝と喜びをもって、それぞれの持ち場へと踏み出しましょう。
今日も、共に前進です。

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