疲れの向こうにある、小さな光を拾いながら
5月の風がようやく落ち着きを見せ始めた頃、私は静岡から仙台へ戻ってきました。 和歌山から始まった今月の働きは、気づけば31日の静岡で締めくくられていました。 慌ただしく駆け抜けた一か月。その緊張の糸がふっと切れたのか、帰宅した途端、体の奥から一気に疲れが押し寄せてきました。
今朝はランニングもお休みです。 「走らない朝」は久しぶりで、どこか落ち着かない気持ちもありますが、体は正直です。 昨夜は娘をバイト先まで迎えに行き、帰宅したのは23時過ぎ。 5時に起きて、もう一つ残っていた網戸の張り替えを終え、娘を駅まで送り、そのままお風呂場へ。
こうして書き出してみると、休んでいるようで休んでいない日々が続いていたのだと気づかされます。
■「完全な休息」は難しい。でも…
一日まるごと休むことは、正直ほとんど不可能です。 けれど、その合間にどう休むかは、自分で選ぶことができます。「休まなければ」と思うほど、休めなくなる。
そんな不思議な心の癖を、私はよく知っています。 だからこそ、私は少し肩の力を抜いて、 “そのときそのときの自分”に合わせて柔軟に過ごすことにしています。疲れている自分を責めるのではなく、 「ここまでよくやってきたね」と声をかけるように。
■感謝は、心の呼吸
ふと立ち止まってみると、 休めることに感謝。 食べられることに感謝。 働けることに感謝。 そして、生きていることに感謝。
感謝は、心の深呼吸のようなものです。 忙しさに押し流されていた心が、ゆっくりと元の位置に戻っていく。 そんな感覚が、静かに満ちてきます。
■疲れの中にも、前へ進む力はある
疲れているときこそ、私たちは「もう無理だ」と思いがちです。 でも、疲れは“限界のサイン”であると同時に、 「ここから整え直せばいい」という合図でもあります。
立ち止まることは、後退ではありません。 むしろ、次の一歩を確かなものにするための、大切な準備です。だから今日も、ゆっくりでいい。
小さな一歩でいい。 心のペースで進めばいい。
今日も、前進です。


0 件のコメント:
コメントを投稿