握りしめた手をひらく時 ―― 解決できない「悩み」を手放し、光の中へ踏み出す知恵
均等に流れる時間と、アスファルトを蹴る音
六月の、少し湿り気を帯びたひんやりとした風を受けながら、今朝は走りました。走っていると、ふと「時間」というものの不思議な性質に気づかされました。
時間は、どんな状況にある人にも、圧倒的なまでに公平です。悩みの深い闇の中にうずくまっている人にも、希望に満ちて空を見上げている人にも、全く同じ「1日24時間」が淡々と与えられ、そして過ぎ去っていきます。 私たちは、この均等な器の中に、一体何を注ぎ込んで生きているのでしょうか。
「悩むこと」と「解決すること」の決定的な違い
私たちの時間は、しばしば「悩み」によって奪われます。 ある人は一日中その問題に囚われて重い足取りとなり、またある人は、あっさりと悩むのをやめて別のことに意識を向けようとします。しかし、ここに陥りやすい落とし穴があります。
「長く深く悩んだからといって、問題が解決するわけではない」ということです。同時に、「あっさりと忘れて他のことで気を紛らわせたとしても、問題そのものが消えてなくなるわけではない」のです。
私たちは無意識のうちに、「悩むこと(心に重荷を背負うこと)」が、問題解決のための「努力」だと錯覚してしまいます。しかし、悩み続けることは、エネルギーを消費するだけで、私たちを一歩も前へ進めてはくれません。世の中の出来事には、はっきりとした「二つの種類」しかありません。
一つは、「自分が努力すれば解決できる問題」。 もう一つは、「いくら自分が努力しても、永遠に解決できない問題(他者の心、過去、天災、病などの不可抗力)」です。
私たちが苦しむのは、解決できない問題に対して、なんとか自分の力でコントロールしようと必死に手を握りしめている時なのです。
「境界線」を見極める知恵と、手放す勇気
有名なキリスト教の祈りに、「ニーバーの祈り(平安の祈り)」というものがあります。
「神よ、変えることのできないものを受け入れる平静さを与えてください。変えることのできるものを変える勇気を与えてください。そして、その二つを見分ける知恵を与えてください」
悩まない人生への転換点、それはまさにこの「見分ける知恵」を持つことです。 自分が背負うべき荷物と、自分にはどうすることもできない荷物の間に、はっきりとした「境界線」を引くこと。そして、自分には変えられない問題を、信頼できる神様の大きな御手の中に「お任せする(委ねる)」ことです。
委ねるとは、諦めることではなく、「自分より大きな存在を信頼して、握りしめていた手をひらく」という、極めて積極的で勇敢な信仰の姿勢なのです。
明日から「悩まない人生」を生きるための3つの習慣
では、自分の力で徐々にこの知恵を身に付け、悩みの連鎖から抜け出すためにはどうすればよいのでしょうか。今日から始められる具体的な習慣をお伝えします。
- ①
紙に書き出し「仕分け」をする(境界線を引く) 心がざわついたら、頭の中だけで考えず、悩みをすべて紙に書き出します。そして、それに「自分の努力で変えられるか?(YES / NO)」の線を引いてみてください。驚くほど多くの悩みが「NO(自分にはコントロールできない)」であることに気づくはずです。
- ②
「NO」の問題は、祈りの箱に入れる(委ねる)
自分の力で変えられないと分かった問題は、「これは私の領域ではない」と声に出して宣言し、神様の箱にそっと納めてください。「あとは、どうかよろしくお願いします」と心の底からお任せするのです。
- ③
「YES」の小さな一歩だけに、今日の光を当てる(行動する)
自分にできること(YES)が残ったら、その中から「今日できる、ほんの小さな一歩」だけを選び取ります。大きな問題を一気に解決しようとするのではなく、今日という24時間の光を、その「できる一歩」だけに集中して注ぎ込むのです。
身軽になった足で、新しい朝へ
皆さんは今日まで、解決できない重い荷物を一人で背負い、本当によく耐えて歩いてこられました。しかし明日からは、もうその荷物を全部自分で抱え込む必要はありません。変えられないものは主なる神様に委ね、あなたに与えられた尊い24時間を、あなた自身が「変えられる希望」のためだけに使ってください。 境界線を引いて身軽になったあなたの足取りは、きっと驚くほど軽やかに、次の階段を上っていくはずです。
今日は、一人の姉妹からおいしいコーヒーとスイーツをいただきました。 部屋いっぱいに広がるコーヒーの香りに包まれるこの時間が、なんとも言えず好きです。
ひと息つくたびに、心がふっとほどけていくような、そんな午後でした。感謝。
今日も、共に前進です。
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