今日も、雨が降り続く一日です。
午前5時前、シャワーランへと走り出しました。 向かったのは西公園から、尚絅学院中学高校の方面。
進むにつれて、雨足は次第に強くなっていきました。
本来なら身をすくめてしまうような冷たい雨粒。 しかし、走る足を止めることはできませんでした。 それどころか、雨に打たれる身体の奥底から、不思議と力が湧き上がってくるのを感じていました。
今日はスマートフォンも持たず、ただひたすらに水と風を感じながらのランニング。 ふと横を見ると、川は水かさを増しつつあり、川沿いの道にまで水が上がってきていました。
その自然の力強さをすぐそばに感じながら、27キロを完走しました。
降りしきる雨の音を聞きながら、走りながら考えていました。 この同じ雨を、心から楽しむ人もいれば、鬱陶しく嫌がる人もいるのだろう、と。
増水していく川のように、圧倒的な自然の力に対して、私たちは決して対抗することはできません。 なぜ私たちは時折、自分の力ではどうすることもできない現実に対して、無理に抗おうと疲弊してしまうのでしょうか。本当にそれでいいのだろうか、とふと立ち止まりそうになります。
そんな問いのなかで、一つの言葉が静かに響きます。
「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」
(ローマの信徒への手紙 8章28節)この言葉は、今の私にこう語りかけています。
雨を止ませることはできなくても、それをどう受け止めるかは選ぶことができるのだ、と。
どうせ受け止めるしかない現実ならば、嘆くのではなく、プラスになるように受け止めること。 冷たい雨を「恵みの雨」として、あるいは今日の私のように「シャワーランを楽しむ機会」として快く受け止め、今日という一日を過ごすこと。
変えられない状況をプラスとして受け止める視座の中にこそ、万事が益へと変えられていく恵みがあるのだと感じます。
もし、あなたが今、自分の力ではどうにもならない状況のど真ん中にいるのなら。 降り続く雨のような現実の中で、足元まで水が迫ってくるような不安を感じているのなら。
どうか、無理に空を晴れにしようと、自分をすり減らさないでください。 状況そのものを変えることは、すぐにはできないかもしれません。
けれど、「どうせ受け止めるしかないならば」、その冷たい雨の中に、あなたを強くする何かを探してみませんか。
視点を少し変えるだけで、目の前の現実は、あなたの歩みを進める力強いシャワーに変わるかもしれないのです。この状況を変えられないのであれば、すべてをプラスとして受け止めて、歩み続けること。
それが、今日の私の小さな決意です。
今日も、共に前進です。
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