デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月28日火曜日

朝ラン32キロ完走

 


暗闇を破る確かな光――揺るがない錨を心に下ろして

午前2時。世界がまだ深い眠りの中にある時間に目を覚まし、祈り、掃除、ノアとの散歩そして午前3時からランニングをスタートさせました。



今日は久しぶりに、海方面へと足を伸ばしました。 少し涼しい夜気の中をひたすら走っていると、やがて空が少しずつ白み始め、厚い雲の隙間から、黄金色の太陽が静かに顔を出しました。夜の闇が光に溶けていく、その圧倒的な瞬間を全身で受け止めながら、走り続けました。

 


夜明けを拒みたくなる夜に

雲間から昇る太陽を見つめながら、一つの真理が胸に迫ってきました。 「太陽は、必ず昇る」ということです。私たちが人生につまずき、ひどい苦しみや悩みの渦に溺れている時、ふと「どうか明日は来ないでほしい」「この暗い夜のまま、すべてが止まってほしい」と願うことがあります。 しかし、私たちの願いとは裏腹に、明日は容赦なく訪れます。

残酷なようですが、人々が抱えている苦しみそのものが、その人を完全に飲み込むことはできません。その暗闇に飲み込まれるかどうかを決めるのは、環境ではなく、自分自身の心だからです。それでも、絶望のあまり生きる意味を見失い、自ら暗闇に飲み込まれることを選んでしまう人がいます。 人間は、ただパンと水だけで生きられる存在ではありません。どんなに衣食住が満たされていても、「生きる意味」や「希望」という内なる光がなければ、立ち上がることができないのです。

 


風に揺れる葦からの解放

現代社会では、多くの人が「充実している」とアピールしながらも、ふとした瞬間に深く落ち込み、スランプに陥ります。 それは、心の奥底に「揺るぎない確かなもの」がないからです。強い嵐や波風が吹き荒れる時、不動の土台がなければ、私たちは風にそよぐ葦のように、環境や他人の言葉によって右へ左へと揺れ動かされてしまいます。

 


では、どんな突風にも耐えうる「揺るぎない確かなもの」とは何でしょうか。 それこそが、救い主イエス・キリストに対する信仰です。

自分が一体どこから来て、どこへ向かっていくのか。その命の根源と行き先を教えてくれる方。その確かな存在を心の中心にしっかりと持っていれば、いかなる場合でも心が折れることはありません。仮にある日、突然すべての衣食住を失うような事態に陥ったとしても、深い絶望や恐れには支配されません。なぜなら、「命の持ち主」である方が、常にわたしと共にいてくださるという絶対的な確信があるからです。

 


苦しみが過ぎ去るまでの「時間の過ごし方」

今、もしあなたが深い悲しみや悩みのただ中にいるのだとしたら、これだけは覚えていてほしいのです。

  • あなたの苦しみも、悩みも、痛みも、いつか必ず消え去ります。
  • 大切なのは、それらが過ぎ去るまでの「夜明け前の時間」を、誰と共に、どう過ごすかです。

絶望の波に身を任せるのではなく、揺るぎない命の持ち主にしっかりと錨を下ろし、静かに朝を待つこと。 雲間に昇る太陽のように、光は必ずあなたの足元を照らします。

今日も、共に前進です。

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